●未開の森の中での思考と瞑想
「お告げをする未開の森(Talking backwoods)」という目を引くタイトルの記事が、『ピープル・マネジメント』誌8月19日号に掲載されていた。チーズで有名なクラフト社やチョコレートバーでお馴染みのマーズ社のビジネスエリートたちが、未開の森の中で木々に質問を繰り返しては瞑そうするプログラムに参加しているという。このプログラムでは、ヘザー・キャンベルさんというシャーマン的存在の女性が、森の木とビジネスエリートの仲立ちをしてくれる。彼女は現在イギリスを拠点にして活動し、米国カリフォルニアでシャーマンによって行われる癒しに関する古代芸術を研究している。
例えばあるプログラムで、ビジネスエリートが次のように質問したとする。「私の会社の最大の弱点は何ですか」「私が成功するために立ちはだかっている最大の障壁は何ですか」。けれど森の木が直接答えてくれることはない。その答えを得るためには、彼らが考えることによって、心の中に現れる象徴的な事物を解釈しなければならない。またあるプログラムでは、キャンベルさん自身が彼らから受けた質問を、1枚の葉、薄い毛織物の布きれ、小石、1枚の樹皮を使った儀式を通して森に伺いを立てることもある。彼女は森から教えられた事物を逐一、言葉にしていく。その言葉を理解しようと、ビジネスエリートたちは話し合いを重ねるのだという。
キャンベルさんいわく、こうした未開の森でのプログラムの効能としては、直感やイマジネーションを創造する右脳の働きを促進することにある。ビジネスエリートたちが日頃駆使しているのは、論理や数字などを司る左脳ばかりだからだ。つまり、ビジネスの戦場から隔離された未開の森で、日常使うことのない想像力を鍛えるところに、このプログラムの最大の目的がある。そのために必要なのが、未開の森という自然とシャーマンだったわけだ。
このようにビジネスエリートたちが自然に分け入って、瞑想するなどということは20年ほど前では考えられないことであった。しかし今や瞑想と熟考のテクニックは、多くのビジネス経営発達のプログラムコースの中では必須科目になっているという。中には、オーストラリアの原住民であるアボリジニーと1週間、奥地で生活を共にし、絵を描き、儀式の踊りに参加するというプログラムに従業員を参加させる会社もあるという。このプログラムの参加後、社員同志の人間関係がスムーズになり、顧客サーヴィス態度も改善されたからだ。●日本の自然学校では
ところで、日本のビジネスエリートも同じように森の中で木々にお伺いを立て、瞑想に耽るプログラムを行っているのかどうかはわからない。しかし、次のような自然とふれあう学校が開校されているのをご存じだろうか。「ホールアース自然学校」がそれだ(広瀬敏通編著『自然語で話そう』小学館、1999年より)。この自然学校は富士山の麓にある朝霧高原を中心にして開かれ、子供から大人まで参加できる。例えば1年間をかけてカヌー、ロッククライミング、熱気球を体験するプログラムもある。これだけならば他のアウトドア講座と何も変わりはないように思える。が、さにあらず。羊の解体作業を行って生命の尊さを肌身で感じたり、自然と折り合って生活している炭焼き職人の家で、実際に竹の切り出しから手伝ったりもするのだ。
つまりこの自然学校の目的は、自然の厳しさを直に体験することで、現代人がいかに自然から遠ざかってしまっているのか、人間が自然にとっていかにちっぽけな存在であるのかを肌で直接確かめることにある。だから、この自然学校と先に紹介した英国のビジネスプログラムとでは、その本質がまったく異なることがわかる。英国のプログラムでは、アボリジニーと1週間ばかり生活を共にして、例えば「顧客サーヴィス態度の改善」という人間側の勝手な目的達成を目論んでいるからだ。
確かに森林浴をすると、脳からアルファー波が多く発生して、精神的にもリラックスするという利点があるのだろう。また、ビジネスエリートは心の底からゆっくりと考える時間がとれないのだろう。だが、そんな現代人の癒しのために、日常生活を邪魔されるアボリジニーもさぞや迷惑なのではないか、と考えるのは私だけだろうか。何よりも現代人が身につけている生活習慣、貨幣経済こそが、自然に根ざすアボリジニーの生活そのものを脅かすのだから。