▼ナミビアの農場主との闘い▼
動物園や動物図鑑でお馴染みの、時速110kmで走るチーターが絶滅の危機に陥っている。「リーダーズ・ダイジェスト」誌2000年1月号に、チーターの主たる生息地として知られるアフリカ南西部ナミビア共和国でのチーター保護活動の記録が掲載されていた。
ナミビアでチーターの保護活動を地道に行っているのは、「チーター保護基金(Cheetah Concervation Fund:CCF)」の創設者ローリエ・メイカーさん。彼女はもともと米国オレゴン州のサファリパークの獣医補佐だったが、ある時チーターが全速力で走り抜けるのを目の当たりにして以来、すっかりチーターの虜になってしまった。彼女は自宅でカーヤムと名付けた1匹の子供のチーターと一緒に暮らしていたほどだ。そのカーヤムを腎臓病で亡くした時、メイカーさんは誓いを立てた。「野生のチーターを地球上で永遠に歩き回らせよう」。そこで彼女はワシントンの国立公園を辞め、1991年にナミビアに移住した。
ナミビア共和国の農場主の大半はドイツ人3世かアフリカ諸国からの移住者。彼らの祖先は、不毛の土地を現在のような牧畜農場にするまでに多大な苦労をしてきた。だからナミビアの農場主たちは、先祖代々受け継がれてきた土地に対する愛着が人一倍強いという。メイカーさんはそんな農場主たちを相手にしなければならなかった。もとより農場主たちにとって、自分の牧畜を脅かす野生動物はチーターに限らず射殺するのが当然のことだった。その行為はナミビアの法律で農場主に権利として容認されてもいた。メイカーさんが必死でチーターの保護を訴える会合でも、彼らは馬に乗ってチーターを追いつめた挙げ句、疲れたチーターをゴルフクラブやライフル銃で死ぬまで殴りつけた話をする始末だった。「このいまいましいチーターを全部つれて、とっととアメリカへ帰れ」。けれども彼女は諦めなかった。チーターの首輪に無線機をつけてその動きをチェックし、チーターが習性として広く動き回る動物であることを農場主たちに訴え続けた。
2年が過ぎたある会合で、最も年若い農場主が、幼い頃父親が農場を横切っただけのチーターを撃ち殺したことがあったと話してくれた。「僕はその後悔を忘れられない。チーターは僕ら人間よりも長く生きてきた動物なのに、いまや危機的状況にある。チーターが農場を自由に走り回れるようにしよう」。この日以来、ローリエさんの主張は徐々に受け入れられるようになり、いまやナミビアの3分の2の農場がチーターを走り回ることを認めているという。
具体的には、農場側ではこんな対策が立てられている。子供を孕んだ牛は小屋の中に閉じこめておく。インド牛を品種改良したブラーマンという、子孫を猛烈に守り抜く習性をもつ牛を家畜にする。45sほどしかないが野生動物に匹敵する強靱なアナトリアン・シェパードを家畜の保護犬にする。ブラーマンを勧めたのもアナトリアン・シェパードをマサチューセッツ州から取り寄せたのもメイカーさんだった。
現在メイカーさんはインターネットを通じて世界中の動物園と連絡を取り合い、50カ国にいる捕獲された状態のチーター、約1300頭の飼育や繁殖に携わっている。ちなみにCCFの公式ホームページは〈http://www.cheetah.org/〉。そこでは、しなやかな身体をもつチーターの写真満載で、その活動状況が克明に記されている。▼日本におけるトキの保護▼
絶滅危惧希少動物の保護というと、日本で真っ先に思い出されるのが新潟県・佐渡島にある佐渡トキ保護センターの「優優(ユウユウ)」だろう。けれど、ユウユウを目にする度にこんな素朴な疑問がふつふつとわいてくる。ユウユウに大空を飛ぶ方法を一体誰が教えるのか。ユウユウに外敵から身を守る方法を一体誰が伝授するのか。ユウユウはそうしたすべての方法を本能として身につけているのか。そのような本能は親から子へ伝えられ、そして自然の中での経験によって鍛錬されるのではないのか・・・。
トキという種が極めて繁殖が困難な鳥類であることは百も承知だ。またチーターとトキとではその習性も異なる。けれど人間に保護されているという同じ環境下でありながら、ナミビアのチーターは大草原を自在に走り、大自然の中で少なくともその本能を鍛錬している。他方ユウユウは狭い檻の中だけで暮らしている。日本とナミビアの動物保護に対する、人間側の姿勢はあまりにかけ離れてはいないだろうか。