「女性科学者だからできたこと?―ジェーン・グドールの野生チンパンジー研究―」
   (『ホーム・エコノミカ』vol. 19, no. 4, pp. 46-7.)
挾本 佳代(法政大学講師)  
 


 ▼野生チンパンジー研究への情熱▼

 「どんな人生にもひとつの物語がある」。何とも素敵なメインテーマが「バイオグラフィー」誌を貫いている。5月号のカバーではボンドガールで銀幕デビューをした女優のキム・ベイシンガーが優雅に微笑んでいたけれど、この号ではもう1人、素敵な人生を送ってきた女性が紹介されていた。
  その人はジェーン・グドールさん。日本でも彼女の著作はほとんど翻訳され、その秀逸な野生チンパンジー研究の功績も広く知られるようになった。私も敬愛して止まない人類学者である。

  グドールさんは幼い頃から動物に深い興味をもっていた。母親が与えたチンパンジーの縫いぐるみにジュビリーという名前をつけ、溺愛したのが1歳の頃。8歳の頃には将来アフリカで野生動物との生活を夢見、11歳の時には誰よりもターザンを愛していた。
  しかし彼女は家庭の経済的な事情から人類学を専攻する大学へは入学できなかった。高校卒業後は秘書学校へ通い、その傍ら独学で勉強していた。転機が訪れたのは1957年。彼女は友人の両親の住むケニアへ渡って農場で暮らし始めた。そこで紹介されたのが生涯の恩師となる人類学者ルイス・リーキー博士だった。

  既存の研究や発想にまったくとらわれないグドールさんのしなやかな研究資質を見いだしたリーキー博士の指導を受け、1960年26歳の時に、彼女は単身タンザニアのゴンベ・ストリーム地区に入り、野生チンパンジーの観察をし始めた。
  グドールさんが一躍脚光を浴びるきっかけとなったのが、ゴンベのチンパンジーによる「シロアリ釣り」の発見であった。野生チンパンジーが器用に道具を使いこなす発見に、学界は騒然となった。なぜなら、それまで人間以外の類人猿が道具を使用することができるという認識が、人類学者の中には皆無だったからだ。

  先日NHKで放映された「未来への教室」でも、グドールさんはイギリスの中学生を相手にこの「シロアリ釣り」を実践して見せていた。植物のツルをシロアリの巣の中へ差し込み、そーっと引き抜く。「食べてみたら? なかなかイケルわよ」とグドールさんはシロアリを口に含んで実に美味しそうに食べていた。子供たちはおぼつかない手つきでおっかなびっくりシロアリを釣っていたけれど、好奇心旺盛な彼らもほとんど食べようとはしていなかった。やはりシロアリを釣るチンパンジーの気持ちになるのには、それなりの資質が必要なのだ。
 
 ▼女性科学者の強味とは▼

  グドールさんは、ゴンベのチンパンジー研究によってケンブリッジ大学で博士号(行動学)を授与された。しかし彼女は最初から学界で受け入れられていたわけではない。例えば、名前をつけ個体識別を基本としたチンパンジー研究をするグドールさんに反対し、学会ではこんなやり取りもあったという。「チンパンジーが嫉妬深いと言うことはできませんよ」「どうしてですか」「その感情は人間だけに備わったものだと知られているからです」「しかしフィフィ〔彼女が観察していたチンパンジーの中の1匹〕は自分の兄弟と遊ぶ他のどのチンパンジーに対しても嫉妬していました」「それではあなたはこう言うべきでしょう。『フィフィは、彼女が人間の子供であるとしたならば、嫉妬していると見なすことができるような行動をした』と」。

  けれどグドールさんは自らの研究姿勢を貫き通した。いまや人類学界では彼女の研究方法が定石となっている。グドールさんはリーキー博士が次のように考えていたのではないかと述べている。「彼は女性がいい観察者になれると思っていました。彼は女性の方が動物を気持ちよくさせるための忍耐を持ち、これまで〔母親として〕そういう機会を与えられてきたと確信していたのです。」
  「私がこのこと〔チンパンジーの道具使用〕を最初に発見した第一人者ではありません。多くのアフリカ人はすでに見ていたことなのです。ただ私がそれを最初に報告した科学者だったということです」。前人未踏のことを成し遂げた先人の苦しみも当然あったであろう。けれど彼女はそんなことを感じさせずに、さらりと言う。

  現在66歳となったグドールさんは「ジェーン・グドール研究所」を設立して、チンパンジー研究に携わる人間だけではなく、幅広い環境問題に積極的に取り組む後進の指導にあたっている。自らの名誉に執着することなく、潔く現役から引退することができたのは、紛れもなく彼女が女性だからだろう。