▼IT革命というけれど▼
IT流行りである。新聞やテレビや雑誌などで、いまやこの言葉を見聞きしない日はなくなってしまった。日本の学校教育にも5年後をメドにITを充実させるプログラムが組まれようとしているし、成人にコンピューターの講習会チケットを配布するか否かも検討中のようだ。けれど、こんなご時世だからといって誰も彼もに強制的にIT革命を押しつけるのはどうかとも思う。講習会チケットの話が持ち上がった時に、「まるで召集令状がやってくるかのようで恐ろしい気がする」とコンピューターを今もこれからも使うつもりのない人が、テレビの取材に応じて答えていた。それはそうである。何事も嫌々やるのは学習する速度も落ちるし、何よりまず身につかない。「召集令状」とはよく言ったものだなと感心してしまった。
では、現在よりもさらに発展するであろうITに対して、子供が恐れることなく、すんなりと適応することができるためには、いつ頃からコンピューターの学習を始めればいいのだろうか。高校や大学において、どの専攻分野でも必修にすべきなのか。それとも小中学校のうちから、株取引のシュミレーションを本職のディーラーを講師に迎えて授業内でやり、「いくら儲かった」と喜びつつコンピューターで遊ぶことが必要なのか。それとも、小学校入学前からゲーム感覚でやるべきなのか・・・。『U.S.ニュース』に気になる記事が載っていた。タイトルは「間違った約束」。アメリカのコンピューター早期教育に対して警鐘を鳴らした記事である。▼コンピューターは子供にどんな影響を与えているのか▼
「車(car)はCという文字から始まります」。ジョナサン・フォルディ君は、コンピューターから聞こえてくる声に耳を傾け、アニメタッチの画面に目を見開いて釘付けになっている。ジョナサン君は生後13ヶ月。彼が夢中になっているのは2才児以下のために作られたソフトだ。ちなみに彼の兄で4才のマシューには、そういうソフトが20本以上もあるという。
ジョナサン君が何も特別なのではない。アメリカでは幼児を抱える両親が、自分の子供には情報処理技術を身につけさせる責任があると考えている。たとえコンピューター画面の前で文章を打ち込むことができなくても、6才までに「より早く、よりよい」コンピュータ教育を受けさせることが肝要であると彼らは信じ込んでいる。ある母親はこうも言っている。「私たちは実際、仕事で多くの時間をコンピューターに割いているのだから、子供にもこれが現実世界の一部分なのだということを知らせるのは重要なことなんです」。だからジョナサン君は、毎日コンピューターの前に座らせられている。カイザー家族財団の調査によると、2才から7才までの子供のうち、26%が毎日40分はコンピューターの前で過ごしているという。
コンピューターの早期教育を唱える教育者が増える一方で、それに異議を唱える医者もまた増えている。医者たちは、子供の頃にテレビを見る時間が多いと、徐々に身につけるべき「批評技術の発達」が蝕まれ、「創造力」「想像力」「動機づけ」が減少していってしまうと主張している。
また児童権利を弁護する団体が提出したレポートでは、子供が大人と強い絆を求めているにもかかわらず、コンピューターなどテクノロジーの発達によって、子供と大人は絆を保つことができないばかりか、引き裂かれている状態であると主張されている。事実、児童能力開発の専門家も、いまの子供たちが友人を無視してコンピューターゲームにのめり込み、社会的に引きこもりがちになっていると感じている。将来のコンピューター技術がどれほど進展し、どれほど社会に影響をもたらすのかがわからないだけに、子供の両親だけでなく教育に携わる人間も戦々恐々としているのだ。
しかし、いくらコンピューターが疑似世界を展開しようとも、子供は実際にものを味わったり、臭いをかいだり、聞いたり、触ったりするといった経験や観察を通して、人間としての多くを学ぶのである。こればかりは、コンピューターで代用することはできない。
もしかしたら日本にも、0才児の英会話の教室があるくらいだから、すでにコンピュータの教室も出来ていて盛況なのかもしれない。けれどこの記事の中で識者が主張していることが多少なりとも事実ならば、まずは大人がこの早期教育における子供への影響をよく検討する必要があるのではないだろうか。幼児をコンピューターの前に座らせるのは、それからでも遅くはない。