序
本稿は、近代社会において、人口問題のもつ重大な問題性を世に問うたマルサスの社会システム観を探究するものである。本論はマルサスに対する論考に先立ちスペンサーの社会有機体論に論及しているが、それは経済学と社会学という分野の違いはあるものの、後世マルサスの社会システム観を確実に展開したのがスペンサーであり、スペンサーに言及することでマルサスが提起しようとした問題を明確化するためである。両者の注目すべき共通点は、社会システムを「有時間性」という観点から捉え、「人口」を社会システム内部の秩序の安定・不安定な様相を如実に示す一指標としていたというところにある。1 開放システムとしての社会
「生命とは、内的関係と外的関係との持続的な調整である」[Spencer 1966T, p. 61.]。スペンサーは『第一原理』において、実に明快な「生命」の定義を行った。後述する生物学的見解を踏まえ、有機体と環境との連続的な調整活動をこそ生命と呼んだこの定義は、彼の全理論の基底となるものであると同時に、社会学の成立期からごく最近に至るまで、社会学的観点に取り込まれることのなかった環境要因の存在を示唆する重要なものである。社会学説史上、スペンサーは社会を生物有機体とのアナロジーから説明する社会有機体説を展開した、と解説される1)。しかし、スペンサー社会有機体説の真意は「社会と生物有機体がアナロジーの関係にある」と主張するところにはない。むしろ、彼が社会を一個の「生命体」そのものと見做していたということにこそ注目すべきである。そもそも、スペンサーが着目した生命現象は、生物に固有の現象である。それゆえ、社会を一個の生命体であると明言するために、彼は生物学に多くを学び、それらを踏まえて議論を展開する必要があった。スペンサーが具体例を挙げながら解説する生物学理論から導出されるエッセンシャルな命題は、以下の三点に求められる。(1)「個体を群体から切り離すことはできない」。(2)「個体数概念2)は、必然的に食糧概念を要求する」。(3)「生命とは、内的関係と外的関係との持続的な調整である」。これら三つの命題を踏まえて彼の社会有機体説を解釈するならば、スペンサーは社会学に対し、社会は環境との相互作用を念頭に措いて考察・分析すべきと主張していたことが分かる。なぜならば、社会は生物である人間が集積した、一個の「生命体」に他ならないからである。彼はその「社会=生命体」概念を敷衍し、次のように述べている。「個人的および社会的有機体両者において、外的および内的システム(the outer and inner system)が互いに区別されると、この二つの間に存在し、その調整を促進する第 三のシステムが生じてくる」[Spencer 1966W, p. 482.]。さらに、彼は外的システムと内的システムの「中間項(intermediation)」を第三のシステムであると考察している3)。彼の生物学的見解を踏まえると、内的システムとは「生物」すなわち「社会」を、外的システムとは「環境」を意味する。ここで、我々は重大なことに気づかされるであろう。すなわち、スペンサーは今日の言葉でいうならば、「社会が開放システムである」ことを示唆していた、と。つまり、彼の展開した社会有機体説の核心はこの主張にあり、本稿冒頭の文言も「社会が開放システムである」と断言していることに他ならない。富永も述べているように、スペンサーが問題としていた社会システムは、閉鎖システムではなかった4)。ところで、ベルタランフィの一般システム理論以降、社会学にも浸透することになった「社会は開放システムである」という命題を立てるとき、一体社会は何に対して開いていることになるのか。この疑問解明の糸口は「時間」観念にある。エリアスが厳しく批判しているように、この「時間」概念はこれまで社会学において追求すべき問題対象として考察されたことはなく、物理学や哲学の範疇としてのみ取り扱われてきた5)。しかし、この概念は社会学理論を再構築する上でも非常に重要な概念である。そこで、以下ではスペンサーの論理に即して、この時間観念と社会システムとの関係に論究していく。2 社会システムにおける「人口」という指標
スペンサーが社会は開放システムでなければならないと主張したその理由を探究するためには、彼の社会理論において、社会システムにおける時間観念が如実に反映されている社会進化観に言及する必要がある。スペンサー独自の進化観の本質は、時系列的ともいうべき「同質性から異質性への変化」[Spencer 1966T, p. 290.]にある。彼の進化概念は、具体的には種子から木へ、卵から動物へという経過に例えられているように、時間軸に沿った命題であると同時に系統的な事実にもとづく重要なものである6)。この進化過程は生物だけではなく、政治や言語や文化などあらゆる分野に適用された。当然のことながら、スペンサーの論理の中では生命体である社会も必然的にこの過程を辿るのであり、それを別の言葉に置き換えたものが、周知の「軍事型社会から産業型社会へ」であった。それゆえ、この表現形は社会があるタイプからより複雑なタイプに変化するということを意味しているのであって、社会の発展法則を意味するものではない。「発展法則」が時系列を伴わない理由は、現在解明された分子生物学における「中立(neutrality)」概念に注目すると明かになる7)。中立説にもとづくならば、「進化」とは有利・不利いずれの方向にも偏ることなく変化することを意味する。つまり、無数の変化の中から人間にとって望ましい状態だけが選択され、その結果成立した過程を「進化」「発展」とは呼ばない。以上の考察からも明かな通り、スペンサーの社会進化観も生物学に多くを負っている。それゆえ、ターナーがスペンサーのシステム理論に関する独自の分析モデルを提示して指摘しているように、スペンサーの社会進化観は、社会システムが変化する過程において「分裂」または「絶滅」が内包されており、決して単線的図式の中では捉えきれるものではない8)。すなわち、スペンサーにおいて社会システムは生物同様、生きているということを痛感させる「死」を免れ得ないものであり、この「死」は社会が進化する過程において幾度となく繰り返される。つまり、生物が固有の時間を刻んでいるように、社会システムも独自の時間を刻んでいる、とスペンサーは考えていた。ここでわれわれは重要でありながらも、決して自明ではない次の命題を立てることができる。すなわち「社会システムは時間内存在である」と。しかし、スペンサーにとって時間をもっているのは生物や社会システムだけではなかった。それは、彼が人間集団において新たな言語や民族が誕生する一つの契機として、気候条件が厳しく食糧の入手が困難である状況を例示していることに注目すると明白になる9)。先の条件下におかれた種族は、集団の分化、種族間の抗争、人数の減少を通して、ある種族は存続し、ある種族は絶滅していく。つまり、種族の「自然淘汰」は人間が有している時間と環境が有している時間とのずれによって引き起こされたものなのであった。逆にいうならば、「環境」が時間を有していることの紛れもない証拠が「自然淘汰」に他ならない。スペンサーは「環境」も時間を有していることを示唆していた。ここで、以下の論考で繰り返し言及される「環境が時間をもつ」という命題について具体例を挙げておくならば、例えば、小麦や稲が種や苗の時期から収穫期にいたるまでにある一定の時間がかかることや、一度伐採された山林が再びもとの姿に戻るまでに数十年という時間が要されることなどが挙げられよう。確かに、現代社会は化学肥料等によってその「環境のもつ時間」を調整できると考えているのは事実である。しかし、いかに現代の技術が進歩しようとも、種や苗が翌日に実をつけたり大木になることは考えられない。つまり、「環境が時間をもつ」とは、人為が及ばない「自然」そのものが古来から有する営みにおいて必要な時間のことである。これに関連し、「人間が時間をもつ」もその意味が容易に理解されよう。以上考察してきたように、スペンサーの論理において社会システムは有時間的な存在であり、それは独自の時間をもつ環境と常に対峙している。彼が社会システムと環境二者の有する時間尺度が異なるということを嫌が上にも反映すると直感していたものに「個体群圧(人口圧)」があった10)。食糧という概念が一環境要因を指示する概念であり、対して社会システムを構成する人間の数の総称が「人口」である限り、「食糧」の増加率と「人口」の増加率との不均衡状態である「人口圧」は、社会システムと環境との対峙様相を確実に映すものとなる。さらに、スペンサーは社会システム内部の「人口」問題そのものにも注目していた。なぜならば、彼にとって、先に提示した定式化「軍事型社会から産業型社会へ」における「産業型社会」に到達したかに見受けられる近代社会も、未だ解決すべき様々な問題を抱えた社会であり、その象徴的な事例が人口問題であったからである11)。例えば、職人の住居に関する法令(Artisans' Dwelling Acts)の制定により、2万1000人もの家の無い人間のうち1万2000人には家が供給されたが、依然9000人は家の無いままの状態に放置されている12)。また、後述するマルサスも懸念した救貧法の施行をも貧者を逆に増加させ、さらに社会の貧困を増大させる方向に作用している、とスペンサーは考察していた13)。つまり、スペンサーにおいて、上記の人口問題は社会的な害悪に他ならないばかりか、社会システム内の秩序が保持されない可能性があるという事実を的確に知らせる指標であった。ここで、前節で考察した命題(2)に立ち返るならば、それが内包するさらなる意味を感得することができる。「人口概念は、必然的に食糧概念を要求する」という命題は、すなわち人口概念は、社会システムすなわち生物(人間)のもつ時間と環境のもつ時間との調整作用を基底として成立するものであることを意味している。それゆえ、スペンサーは社会を今日でいう開放システムと見做さなければならないと事実上主張し、自らの社会有機体説を展開する必要があった。以上、二節にわたって考察してきたスペンサーの社会学理論におけるシステム観を総括するならば、次の一点に集約できよう。すなわち、「社会システムは時間内存在であり、その有力な指標は人口である」と。スペンサーの問題としていた社会システムは今日のいう開放システムであり、それは「時間」に対して開かれている、すなわち「環境」の有している時間に順応しているシステムであった。それゆえ、このシステムの指標として環境と密接な関係をもつ「人口」は不可欠であり、この点にスペンサーが着目し、「人口」に言及したのは決して偶然ではなかった。しかし、有時間的な社会システムにおける一指標としての人口概念と社会学的に重大な問題との密接な関係を察知し、自説の中で展開したのはスペンサーが初めてではない。わずか半世紀前に、マルサスが『人口の原理』を著し、その論点を巡ってユートピア主義者や古典派経済学者と論争を繰り広げていた。マルサスの論理を検討するに先立ち、その論旨を明確に把握するために、『人口の原理』執筆の契機となったゴドウィンのユートピア主義において主張された理想社会の閉鎖性を考察していく必要があろう。3 ユートピアという社会システム
マルサスの論敵であったゴドウィンが展開したユートピア思想は、18世紀イギリス近代社会に内在していた諸問題を象徴する代表的な思想であった。ゴドウィンのユートピアを理解し概観する上で鍵となるのは、「理性」と「平等」という二つの概念である。ここで注目すべきは、前述したスペンサーと後述するマルサス両者の社会システム観とは正反対のシステム観をゴドウィンが有していたということである。ゴドウィンにとって彼の同時代の社会は、「(個人の)完全な自由と全体の利害」14)を調和させる必要を痛感せざるをえない社会であった。彼の目には、眼前の社会は人間誰もが同一の見解や観念をもって生活することに満足をしていた「野生的状態」15)から脱して社会を営むにいたるや、諸個人間に不平等が不可避的に蔓延するという病気を抱えた社会に映っていた。それゆえ、彼は「人類の幸福」16)を増大させることを急務とした。彼の想定したユートピア社会では、人間の内なる自然およびあらゆる制度において「正義」が貫徹されなければならない。その「正義」とは、「個人の利益が、多数の個人の利益を侵害することなく、もしくはその多数の個人の現実的な利益に役立つ」[Godwin 1992, p. 81.]ことに対して有効な原理であると同時に、ユートピア内で生活をする人間すなわち「理性的な存在者」17)の唯一無二の行為の原理の根幹を成すものである。つまり、その正義はユートピアの効用と一致している18)。なぜならば、ゴドウィンのユートピア社会は個人の集合体に他ならならず、個人の利益と社会の利益とは完全に一致していたからである。そういった理想社会を維持するのに不可欠な「正義」を履行するために、人間には「理性」が必要とされた。社会内の人間は、「完全になり得る存在者」19)であり、彼らは「時々刻々と改善の状態」20)にあった。つまり、この理性こそが各個人を社会全体の一部分と認識させ、社会全体のために個人自らの「悟性」21)を働かせる。しかし、ゴドウィンのユートピアはこうした人間の理性だけでは機能しない。彼が理想社会に呈示した、理性の万能性を存分に発揮するためには、既存のものとは異なる制度が必要であった。特に、ゴドウィンは改良すべき制度の最大のものが財産制度であるとし、理想社会において完全なる「平等」原理を敷こうと試みた。しかしながら、本稿における内在的な問題点からいうならば、このゴドウィンが主張した新たに改良を加え続けられていく「制度」こそが、後述するようにユートピアという社会システムに対して没時間的な存在となり、ユートピアが閉鎖システムであることを知らせる顕著な証となる。そもそもゴドウィンに財産制度における完全平等主義を思いつかせたものは、既存の財産制度から生じる害悪の存在であった。その害悪を集約するならば、人間にこびへつらう精神や奢侈に没頭する精神を植え付け、人間社会を利己的な組織へと仕立ててしまうものであった22)。人間精神に植え付けられたこれらの害悪は、彼のいう「理性」とは完全に矛盾する。そこで、ゴドウィンはユートピア社会では既存の財産制度を撤廃し、一般経済の許容範囲内で万人に対して経済的な機会や境遇を均等にすることを主張した23)。例えば人間の労働量に関し、彼は一つの提案をしている。それは、絶対的に必要な食糧の量を確保する仕事を全構成員で均等分配し、一人当たり一日につき半時間の農業という肉体労働に従事するというものである24)。これ以上の労働はユートピアでは必要なかった。さらにゴドウィンは、既存の財産制度を温存させている結婚制度も廃止すべきことを主張した25)。理想社会では姓も廃止し、男性が一人の女性を独占することもない。そこで生まれた子供の父親が誰であるかを知る必要はなく、ただユートピアを存続させていくために必要な赤ん坊は母親に育まれる。子供を育むのに必要な食糧は、貨幣を介することなしに、生産性が高く肥沃な土地から供給される。まさに、彼は理想社会内にアルカイズムと同時に1960年代のコミューンを想起させる論理を透徹させていたといえよう。以上考察してきたように、既存の財産制度が廃止された結果、理想社会内では「犯罪(crimes)」26)が発生することはない。なぜならば、自然の恩恵を平等に分け与えられている社会条件においては、犯罪を呼び起こす利己心や奢侈の精神は生じることはないからである。また、同時代のマルサスが憂慮した人口問題という社会的な害悪が生じることもない。ゴドウィンにとって、過剰人口問題から付随して発生する「飢饉(dearths)」27)は、ある人間が食糧不足を懸念する余り、不合理に蓄積した結果、生じてくる事態であり、その食糧を不合理に蓄積する人間の精神が「理性」という万能薬によって導かれ、改善されさえすれば解消されるからであった。つまり、究極的にはゴドウィンの主張したユートピア社会では一切の社会的な害悪は発生しない。仮に生じたとしても、人間理性の改善および制度の改善・廃止を断行しさえすれば、すべて解消される。ユートピア内部で生じた問題は、ユートピア内部で完全に解決可能である、とゴドウィンは確信していた。4 閉鎖システムとしてのユートピア
ゴドウィンに対するマルサスの批判を検討するためには、以下のマルサスの論旨を最低限把握しておく必要がある。彼の論理は「第一に、食糧は人間の存続に必要なものである。第二に、両性間の情念は不可避的なものであり、この状態はこのまま続くであろう」[Malthus 1986T, p. 8.]という至極明快な二公準を基底としている。前述したスペンサーの論理に照らし、本稿の関心に即して解読するならば、マルサスの二公準は次のように換言することが可能である。すなわち、マルサスの命題は、人間の有している営みのための時間尺度と環境の有している営みのための時間尺度がずれた結果、発生するのがいわゆる人口問題であると主張されていた。つまり、彼が提起した二公準も、実は時間という観念が存在しなければ成立しないものであることがわかる。マルサスにおいて「食糧」という概念が一環境要因を指示する概念である限り、環境は時間の中でこそ考慮されなければならないものであった。すなわち、環境はその内部に棲息している人間以外の生物の時間を体現していたのである。マルサスは、人間と環境双方がもつ時間尺度のずれが具体的に食糧不足や「貧困と犯罪(misery and vice)」28)を社会内に蔓延させると憂慮していた。ここで、前述したスペンサーとマルサスにおける「人口問題」の在り方の差異に言及しておくならば、前者は生物学における理論上の個体数概念を基底とし、人間社会内にも人口というファクターが必然的に浮上してくるという、いわば「理論上の人口問題」を主張した。これに対し、後者は過剰人口に付随して発生する貧困と犯罪という社会的な害悪に注目した、いわば「現実社会上の人口問題」を主張した。しかし、これまでの論考からも明らかになった通り、両者ともに「環境が時間をもつ」ということに注目している限り、「理論上の人口問題」と「現実社会上の人口問題」という二つの人口問題は、同一の問題性を抱えたものであると判断できる。以上の論旨を踏まえて、マルサスのゴドウィン批判を検討するならば、彼はゴドウィンのユートピア論の最大の誤謬は「人間の犯罪や弱点の大部分が、人間の政治的および社会的制度から生じていること、そして人間の悟性がよりいっそう啓蒙されれば、世界において悪徳に対する誘惑はほとんど、あるいは全く存在しなくなることを提示しようとしている」[Malthus 1986T, p. 95.]ことにある、と断言した。彼のゴドウィン批判はこの文言に集約されている。それは、以下の二つの観点から考察するとより明確になる。第一点は、ユートピア社会の人間と制度との関係である。ゴドウィンによれば、ユートピアの人間の精神は「時々刻々と改善の状態」にあり、その上「正義」の観念に裏打ちされた理性を有しているので、その人間が犯罪の温床となる「不完全な制度」29)を作り出すことはありえない。しかし、ゴドウィンは前節で考察した通り、犯罪の根源は制度であると明言している。この点をマルサスは見逃さなかった。ゴドウィンの論理に従うと、「昨日の人間Mが作った制度S」よりも「今日の同じ人間ではあるが進歩したM′が作っている制度S′」、さらには「明日の人間M″が作る制度S″」の方が結果的によりよい制度となり、過去の制度はすべて害悪を生み出す制度として捐棄される。ところが、マルサスにとってこの人間と制度の鼬ごっこは、社会システムが円滑に機能していくことには何の貢献もしていなかった。なぜならば、ユートピアというシステムに敷設され、人間理性によって改良を加えられた制度S、S′、S″は、いずれもシステム内部に境界を一度設けては、その度ごとに区切られた境界内部から有時間性を放出するという機能を繰り返すものであったからである。つまり、社会システム内部に制度という境界を設けるということを繰り返す限り、人間が支配できるのは有時間性の放出された制度内だけであり、連続的に変動を遂げるシステム全体に対応することはできない。制度がシステムに対してもつ没時間性という性質を見落とし、システム全体を時々刻々と改善状態にある理性的な人間ならば支配可能であると過信したゴドウィンの論理をマルサスは批判した。第二点は、制度と犯罪・害悪との関係である。特にマルサスは、ゴドウィンの提唱した平等財産制度に反論を行った。マルサスによれば「人間は豊かさの中では暮らせない」[Malthus 1986T, p. 66.]。なぜならば、人口は幾何級数的に増加するのに対して、食糧は算術級数的にしか増加しないという、人間のもつ時間尺度と環境のもつ時間尺度とのずれを示唆した周知の彼の命題にもとづけば、ユートピアでも必然的に食糧不足が発生し、さらにそれに伴って食糧を確保する上で、諸個人の間に「利己心」が湧き起こり、再び私有財産制度を復活させてしまうからである30)。マルサスはたとえユートピア内で土地が平等に分配されたとしても、子供の多寡によって各家族の剰余生産物に差が不可避的に生じると判断した31)。つまり彼は、平等財産制度という制度は第一点でも述べた通り「環境」のもつ時間に順応することがないゆえに、食糧問題の解決に何の貢献もすることがないばかりか、その食糧問題を基底として二次的に発生する境遇の格差という害悪をも引き起こす、と指摘した。以上の二点にわたる考察から、マルサスのゴドウィン批判の鍵となるのは両者の「制度」観の差異であることがわかる。ここで双方の「制度」観を深く探究するために、「制度」を考察する上で不可欠な「時間」観念をさらに追求する必要がある。これは次節で議論を展開する穀物法論争と経済・社会システムとの関係の本質的な問題に迫るためにも欠くことのできない考察である。われわれ人間を含む生物は、少なくとも三つの時間の中で生きていると考えられる。第一は、地球が無数の銀河系の中に位置する太陽系の一つの惑星である限り支配される「宇宙の時間」。第二は、進化と自然淘汰を繰り返すことで、一つの生物種の存続が可能となる「種・共同体の時間」。第三は、一個の生命の誕生から死までを刻む「個体の時間」。第二の時間は第一の「宇宙の時間」と第三の「個体の時間」とを繋ぐ時間と考えられる。さらに人間に限定して考えるならば、第二の時間は「共同体の時間」といえよう。但し、当然のことながら、この「共同体の時間」では異なる文化・文明をもつ様々な民族個々においてはそれぞれ異なる固有の時間が流れている。そして、同時にこの時間は共生する生物の「種の時間」を侵害しない生活が営まれている、いわば自生的な共同体が刻む時間である。しかし、人間は上記の三つの時間の中だけで生きているのではない。この三つの時間の中に第四の時間として「制度・システムの時間」が挿入されている。マルサスとゴドウィンの「制度」観の差異はこの「制度・システムの時間」認識の違いにもとづいている。ゴドウィンが「制度・システムの時間」をどのように認識していたかは、前節で考察したユートピア内部で「飢饉」が発生する仕組みに立ち返ってみると明確になる。ゴドウィンは、飢饉は人間の食糧に対する不合理な蓄積から発生すると述べていた。この「不合理な蓄積」とは、今日の言葉でいうならば「資本蓄積」「財の集中」または「買い占め」に相当する。彼は、当該の買い占めが起こる「経済制度」から飢饉が発生すると強調したかったのであろう。ところが、ここで看過してはならないのは、ゴドウィンが注目した近代私有財産制度にもとづく「買い占め」という行為は、人間が人間に対して行うことに制限されるということである。つまりこの行為は、「環境」要因の一つとして考慮されるべき食糧という財が、経済行為という人間関係の中に完全に内化されてしまった「制度」の中でしか起こらない。すなわち、それはあたかも人間が環境のもつ時間を支配可能だと見做す認識の上に成り立つ行為であるといえる。それゆえ、ゴドウィンの論理では「買い占め」を行った人間の精神の改善が行われさえすれば、人口問題の一つである「飢饉」は解消された。以上の考察を踏まえるならば、ユートピア内部の「買い占め」という「制度」は、「人間が環境のもつ時間を支配可能だと見做す」認識の上に成立しているので、環境がもつ時間に順応しているはずもなく、時間内存在ではありえない。同時に、ユートピア自体もよりよい「制度」を作り上げる発想に立って人間の精神を改善し、「環境」要因を挿入する余地を残すことなく「制度」という没時間性を有する領域を拡大していく限り、時間内存在ではありえない。つまり、ゴドウィンは事実上、「制度・システム」は時間外存在であるとの認識にもとづいて議論を展開していたといえよう。こういったゴドウィンの「制度・システムの時間」認識に対し、マルサスが真っ向から異議を唱え、「制度・システム」が時間内存在であるべきとの認識に立って自説を展開していたのは、先の第一、二点で論究した通りである。彼はゴドウィンのユートピア主義を反証として、「制度・システムの時間」が環境のもつ時間に順応していないこと、すなわち前述した「宇宙の時間」「種・共同体の時間」「個体の時間」という三つの時間を一掃する没時間的な存在であることを示唆した。それゆえ、マルサスの論理の中では、この三つの時間の中に外挿された「制度・システムの時間」は「時間」に対して開かれる必要があった。なぜならば、そうしなければ「制度・システム」内部の解決すべき諸問題は、環境要因を考慮に入れないために未解決のまま積載されていく一方であったからである。マルサスにとって、その象徴が人口問題であったのである。以上考察してきた、マルサスのゴドウィン批判を集約すると次のようにいうことができる。理想社会は事実上「閉鎖システム」と見做すべきである、と。これまでの議論からも明らかになった通り、この「閉鎖システム」とは「時間」に対して閉じている、すなわち環境の有している時間に順応していないシステムのことであることはいうまでもない。さらに、マルサスとゴドウィン両者の社会システムのドラスティックな差異は、社会内部における「個人の効用」と「社会の効用」の在り方をめぐる論理の差異にも投影されている。前述した通り、ゴドウィンの理想社会では、個人と社会の効用は完全に一致していた。しかし、マルサスの場合はそうはならなかった。『人口の原理』において、こうした効用問題は幸福問題に置き換えられる。『人口の原理』全編から読み取れることは、マルサスにとって「個人」とは人口問題によって生じる貧困と犯罪の余波を、真っ先にかつまともに被ってしまう貧者であったことである。それゆえ、彼の論理における「個人の幸福」と「社会の幸福」とは一致しないことが分かる。マルサスはこれら双方を調和させることに苦慮し、貧困と犯罪を発生させる根源である人口問題すなわちそれら害悪の所在を知らしめる人口問題を解決するために、「環境」要因に着目すべきこと、すなわち社会は開放システムであることに目を向けなければならない、とスペンサーと共に認識していた。5 穀物法論争と社会システム
「人類は必然的に(食糧を生産する)空間によって制限される」[Malthus 1986U, p. 10.]という命題を提起し、マルサスは食糧生産をするための土地の余地、すなわちその土地から生み出される食糧の量に人口は制限されると説いた。ところが、マルサスはその空間が無限の食糧を産出するとは考えてもいなかった。それは、彼が『人口の原理』第一版において高く掲げた農業奨励策を第二版では断念し、有限の自然と対峙した上で、食糧生産に人口増加を釣り合わせていく「道徳的抑制(moral restraint)」32)を提唱したことからも、充分に推量可能である。「道徳的抑制」とは、晩婚および結婚までの純潔の奨励であり、その対象者は主として社会の大部分を占める貧者であった。このマルサスの人口政策の転換は、人間の有する時間尺度に環境の有している時間尺度が追いつかない、と彼が判断を下したところから生まれた苦肉の策であったと考えられる。つまり、マルサスは、人間が環境の有している時間を支配することは不可能である、と痛感した。それゆえ、彼は、環境のもつ時間尺度に人間の側から積極的に歩み寄ろうと試みるべく先の道徳的抑制という人口政策を提唱したのであった。ところで、商工業の進展した近代にもかかわらず、人口問題にとって食糧は避け難い重要性を示すようになる。その頂点に立つのが、1813〜1815年にかけてイギリス国内を席巻した穀物法論争であった。一般に、穀物法論争はマルサスが地主階級を擁護する一方、リカードは資本家層を擁護した、と経済学史上考察されることが多い33)。しかし、ここで注目すべきは人口問題の論点が一気にその視野を拡大することになったという事実である。すなわち、穀物法以前に論じられていた一国規模の食糧生産と人口という論点が、この論争を契機に「国際分業にまで拡大すれば、人口問題は解決可能か」ともいうべき大きな論点へと変化することになった。穀物法論争におけるリカードの穀物法撤廃論を検討していくならば、第一に、彼はイギリスは商工業による経済繁栄という側面が進展して貨幣を稼ぎ出し、食糧輸入国になれば万全であると確信していた34)。第二に、リカードにとって、フランスから輸入された安価な穀物は下層労働者階級に有利であり、最終的に市場経済が繁栄するために不可欠なものであった35)。つまり、彼の理論は次のように換言可能である。リカードは「穀物価格の低下→賃金の低下→利潤の増大→蓄積の促進→高い経済成長→雇用の増大・賃金の上昇」と36)いう社会学的な論点の抜けた資本循環のみに終始するシーケンスを意図していた、と。以上の二点にわたるリカードの穀物法撤廃論を敷衍するならば、彼は工業製品の生産国、食糧の生産国それぞれの市場経済内で「人間」と「財」という二つのファクターの関係を考慮すれば、充分だと考えていたといえよう。リカードもまた人間の必要に対し、財が生産され、流通し、再生産されていくという経済循環に象徴される社会、すなわち閉鎖システムを事実上想定していた。つまり、社会・経済システムを有時間性において捉えることなく、一種の経済的な局所均衡を目指したリカードの論理の中には、すでに後世マクロ経済学を誘発する論理的な原因が存在していたといえよう。ここで、穀物自由貿易策を打ち出したリカードの経済システムを閉鎖システムと見做すことに反対の向きがあるかもしれない。「イギリスという経済・社会システムを開放して、国際貿易を推奨しているのだから、開放システムの構想と見做すべきではないのか」と。しかし、これまでの論考からも明らかになった通り、「開放システム」とはある社会システムと他の社会システムとの相互作用によって成り立つものではなく、社会システムと社会外システムとの相互作用によって成り立つものである。このことは、リカードに対して異を唱え、穀物法を擁護する理由としてマルサスが論じた1815年公刊の『外国穀物輸入制限政策に関する意見の根拠』の末尾に集約されている。「政府には、穀物自給を確保しようとする十分な理由が確かにあるように思われる。こ れは航海条例と同じ性質をもつ明確な目的であり、望ましい目的である。・・・私は、ヨーロッパの現状と我国の現在の地位を考慮すると、我々自身が穀物の平均供給量を増大さ せることが、最も賢明な政策であると確信している。またそうすることで、この国は人口、権力、富、幸福が大幅に継続的な増加をするための十分な資源をもつことになると確信している」[Malthus 1986Z, p. 174.]。マルサスは「食糧自給経済」を念頭に措いていた。この経済体制はリカードに代表される同時代に隆盛した古典派経済学の主張した、資源が人間関係の中に財として内化された「貨幣経済」とは全く異なるものであった。マルサスとリカードの論理的な差異は、「食糧自給経済」対「貨幣経済」というシンボリックな対比の中に内包される「環境」要因並びに「環境のもつ時間」観念の有無に帰結する。すなわち、マルサスにとってリカードが主張した穀物自由貿易は、穀物輸入国であるイギリス国内の人間の時間と環境の時間との尺度のずれという本質的な問題を、穀物輸出国・輸入国の両国に跨って拡大させてしまうことになる。それゆえ、マルサスは国内農業を疲弊させる輸入穀物の流入を容認するわけにはいかず、リカードが批判した地代の増大が不可欠であり、地主の不生産的消費が国内の商工業の有効需要になり得る、と主張せざるを得なかった37)。つまり、穀物法を擁護することで維持される高い穀物価格は、国内農業拡大政策の一環であり、延いては人口問題を解決する方策の一つであった。さらに穀物法が航海条例を同じ目的をもっているとのマルサスの見解からは、彼が「国防」を必要としていたということができる。ナポレオン戦争を機に成立したウォーン体制にみる国際協調体制が、円滑に機能しうる保障に乏しかったからである。それゆえ、彼は貨幣経済にみる自由競争の万能性を信奉し、リカードのように楽観的に国際分業体制を鼓吹することもできなかった。マルサスはイギリス国内という一個のシステム内でも解決できない食糧問題を、たとえ国外すなわちシステム外に持ち出したとしても解決はできない、と穀物法論争において訴えていたのである。換言するならば、社会を開放システムと見做していたマルサスにとって、議論されるべき問題点は「環境」「自然」と「人間」とのやりとりであって、経済システム同士のやりとりではなかった。彼においては、「社会契約」という理論的な根幹をもつ近代資本主義経済システムも、前節で論究したユートピア同様、「宇宙の時間」「種・共同体の時間」「個体の時間」という三つの時間を破壊することによって、限りなく人間の支配力を行使しようとした閉鎖システムに他ならなかった。つまり、ユートピアにおける時間論的な問題点が複雑に絡み合って突出したのが、穀物法論争であったといえよう。マルサスは、自然の有限性を無視したリカードの主張する経済システムが社会的な害悪、すなわち人口問題を引き起こさないわけはないと確信していた。当時のマルサスの論理の正当性は、工業国と農業国との貧富の格差や工業化に伴う自然破壊などが、今日に至るまで地球規模で拡大し続けている周知の事実からも明白である38)。結
近代産業社会が本格的に始まろうとしていた時代に、人口問題が引き起こす深刻な諸問題に直面したマルサスは、早くも社会が環境に対して開かれていなければならない、との見解を事実上展開した。それは、有時間的な社会システムを把握するために「人口」をその有力な一指標として着目することにより、社会内に無限に繰り返して作られる制度と人間の理性の万能性を信奉するユートピア主義とも、環境の有限性を理論的に射程に入れていない古典派経済学とも一線を画す画期的なものであった。このマルサスにおける本質的な論点は、半世紀後、確実にスペンサー社会有機体説に引き継がれて展開され、社会は生命体そのものであり開放システムでなければならない、と社会科学にその重大性が呈示された。マルサス、スペンサー両者の論理の基底にある「社会システムは時間内存在であり、その有力な指標は人口である」との命題は、今日自明な命題となっている「社会は開放システムである」との本質的な意味を探究するために不可欠な命題である。[注]
引用中の( )および省略はすべて引用者による。なお、本稿ではマルサス『人口の原理』第一版から第六版を通読した上、第六版には第二版以降のエッセンスがすべて集約されていると判断し、第一版および第六版に言及した。1) こうしたスペンサーの社会有機体説に対して賦与されたものも含めて、ターナーは彼の論理に対するステレオタイプが四種類あると述べている。(1)スペンサーは社会を生物有機体を比較するために、単に有機体的アナロジーを用いているにすぎない。(2)彼は進化論者であった。(3)彼は「適者生存」という語を生みだし、レセ・フェールの弁解者であった。(4)彼は社会ダーウィン主義者であった[Turner 1985, p. 11.]。2) スペンサーには、ごく初期に発表された「個体数の理論(A Theory of Population)」と一五年後にこれに加筆行った「増加の法則」というユニークな作品がある。これらにおいて論及された「population」は、一般に動植物の場合には「個体数」と、人間の場合には「人口」と翻訳されることが多いが、両者を集約すると「個体数」となる。本稿では「個体数」と「人口」を同義語とし、必要に応じて使い分けている。3) Spencer 1966Y, p. 482.4) 富永、一九九五年、一七六〜一七八頁。しかしながら、一般システム理論の登場以前に社会学が理論化してきた社会システム・モデルは、すべて事実上社会を閉鎖システムと見做したものであり、さらに言うならば「閉鎖システムである」という発想すら提起されることはなかった。ターナーも、スペンサーが彼の社会学において『生物学原理』から「内在的システム(internal system)」と「外在的システム(external system)」が異なることを取り入れて自説を展開していたと考察している[Turner 1985, p. 60.]。しかし、ターナーは「外在的システムは環境の危急を処理し、内在的システムは部分間で行われる相互作用の維持を処理する」[Ibid. , p. 60.]とし、これら二つのシステムが一個の閉じた社会システムの中に並存すると解釈しており、筆者とは異なる見地に立っている。5) Elias 1992, p. 8. 井本・青木訳、一九九六年、八頁。エリアスと同様の問題意識から、時間論を比較社会学的事実に即して論じたものに真木の労作がある[真木、一九八一年]。ここで展開された、自然と共生してきた共同態の有している時間尺度が分業システムの固定化等によって近代社会において消滅した、との観点は本稿三節以降の内在的な問題点と共通する観点である。6) Spencer 1966]V, pp. 9-10.7) 木村・大沢、一九八九年、七八〜八七頁。8) Turner 1985, pp. 65-73.9) Spencer 1966Y, pp. 454-5.10) Spencer 1852, p. 266.11) Spencer 1966]V, p. 226.12) Spencer Ibid. p. 340.13) Spencer Ibid. p. 151.14) Godwin 1992, p. 137.15) Ibid. , p. 105.16) Ibid. , p. 1.17) Ibid. , p. 120.18) Ibid. , p. 121.19) Ibid. , p. 118.20) Ibid. , p. 185.21) Ibid. , p. 120.22) Ibid. , pp. 800-804.23) Ibid. , p. 107.24) Ibid. , p. 823.25) Ibid. , pp. 848-852.26) Ibid. , p. 809.27) Ibid. , p. 836.28) Malthus 1986T, p. 52.29) Godwin 1992, p. 29.30) Malthus 1986T, pp. 70-71.31) Ibid. , p. 74.32) Malthus 1986V, p. 465. 「道徳的抑制」に対する解釈には、同時代の古典派経済学者と袂を分かつ契機となった特殊な命題とする説や(cf. Bonar 1966)、初版『人口の原理』末尾二章を継承する、マルサスの神学的立場を明示した命題とする説(cf.Hollander 1996)等があるが、本稿はいずれの説を支持する立場もとっていない。33) 早坂、一九八九年、五九〜六一頁および大野、一九八八年、一〇三〜一一六頁参照。34) Ricardo 1815, pp. 28-30.35) Ibid. , p. 40.36) 早坂、前掲書、六五頁。ただし、「高い経済成長」は筆者が付加した。37) cf. Malthus 1986Z, pp. 167-168.38) 特にマルサスの現代的意義に論及する場合、環境問題との関係の追求は避けては通れない。葛西は一方では経済的問題、他方では自然法則と密接な関係をもつマルサスの提起した人口問題が、今日論議されている大気中の二酸化炭素量の増大問題と酷似していると指摘している[葛西、一九九二年、一〇一頁〜一〇三頁]。[参考文献]
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(追記:邦文htmlなのでドイツ語のウムラウトなどが落ちています)。