要旨
スペンサーが「人口」に注目したのは偶然ではなかった。彼にとって人口は,産業社会の理論的根幹である「社会契約」から発生した諸問題を受け継いでいることを明白に認識させる,重要な要素であった。スペンサーのいう「産業型社会」は決して理想的な社会ではなく,むしろ人間社会が内包している問題を提示した社会であった。このことは,『社会学原理』『人間対国家』という彼の労作の中で明示されている。そこで提示された問題は,特にスペンサーに対するデュルケムの評価を考察することによって浮上してくる,重大な問題であった。「人口」概念には統計的な数量概念のみならず,「個人−全体」「自然−人為」「有機体説−契約説」という二律背反が内包されている。スペンサーは社会学に対し,これら前者の重要性を初めて提示した。社会学の形成期において,人口および群相と個相という生物学的概念の重要性に着目したスペンサーは社会を一個の有機体であると見做す独自の理論を発展させていった。彼にとって,この社会有機体説は決してアナロジーではなく,社会が有機体そのものである,との主張を示したものであった。スペンサーの社会有機体説の核心は,人間社会も生物社会同様,社会を群相として捉えるべきであるとの主張にあった。それゆえ,彼は生物学から多くを学び,議論を展開する必要があったのである。スペンサーのこの主張は,レヴィ=ストロースによる文化人類学的見地から考察すると一層明瞭になる。キーワード:人口,スペンサー社会有機体説,群と個
1 「忘れられた」スペンサー
一般システム理論の誕生以来,「社会は開放システムである」という認識が一層徹底した[Bailey 1994:151,富永 1995:175-178]。この生物学を範とした命題「社会は開放システムである」は,必然的に「生命」概念を呼び覚ますものであり,換言するならば,「生命」概念なくしてその核心に迫ることはできないものである。社会学において「生命」概念を欠いては語れない社会システム論に,スペンサーが提示した社会有機体説がある。今日注目されることが皆無となったスペンサーの社会有機体説に対し,富永は「機能主義は,・・・社会有機体論のスペンサー的概念化から出てきた」[富永 同書:105](省略は引用者。以下同)と述べ,またターナーはスペンサーこそが「真の社会学的機能主義の第一人者である」[Turner 1985:50]と論じている。両者の見解からも明らかなように,社会学において社会有機体説を取り上げる重要性の一つは解明された。すなわち,スペンサーの社会有機体説は現代社会システム論の先駆的理論として極めて有益である,と。しかし,もう一つ明確にされていない問題点がある。それは,社会有機体説とは,社会が有機体と類似しているということなのか,それとも有機体そのものなのか,ということである。ところで,先のターナーは,スペンサーの論理を正確に把握することを妨げるステレオタイプに四種類あると考察している[Turner Ibid. :11]。@スペンサーは社会と生物有機体を比較するために単に有機体的アナロジーを用いているにすぎない。A彼は進化論者であった。B彼は「適者生存」という語を生みだし,レセ・フェールの弁解者であった。C彼は社会ダーウィン主義者であった1)。特にA,B,Cは一連のステレオタイプである。この一連のステレオタイプにもとづくと,後述する「同質的なものから異質的なものへ」「軍事型社会から産業型社会へ」という図式の中で解釈されるスペンサーの「進化」過程において,生存し続ける種には「適者生存」の原理が適用され,それ以外の種には「自然淘汰」2)原理が適用され,そしてその過程は全て正当化される,と解釈される。しかし,ターナーも述べる通り,スペンサーの論理はこれらステレオタイプにもとづく限り,十全に把握することはできない。特に,スペンサーの提示した社会有機体説の骨子は,単に社会が生物有機体と酷似している,との幼稚な発想にはない。後述するように,スペンサーは「社会は有機体と見做さなければならない」と主張したのであり,それは「社会が有機体と似ている」という発想とは全く異なる見解の提示であった。本稿は,特に後述する「人口(個体数)」概念に着目している。なぜならば,スペンサーにおけるこの概念は彼の論理を的確に解釈する上でも,社会学の黎明期から今日に至るまで,社会学的考察対象から抜け落ちてしまった不思議な「人口」概念の歴史を繙く上でも重要だからである。さらに敷衍するならば,この「人口」概念こそが,スペンサーの社会有機体説の核心にあるものを明確にし,これまでほとんど解明されることがなかった「社会有機体とは何か」という問題に対して解答を与える,不可欠な要素だからである。2 デュルケムによるスペンサー評価
後世誕生した社会システム論におけるスペンサーの再評価から遡ること一世紀,誰よりも早くデュルケムが『社会分業論』の中でスペンサーを評価していた。彼は,この作中で自らの分業観とスペンサーの見解との差異を提示し,評価した。デュルケムは,個々の人間の機械的連帯を特徴とする環節社会から有機的連帯を特徴とする組織社会へ,という過程を骨子とする社会進化論を唱え,特に分業によって有機的連帯が招来されると主張した[Durkheim 1960:101=1957T:162]。デュルケムの批判を検討するには,以下のスペンサーの論旨を最低限把握しておかねばならない。スペンサーの論理における進化の本質的な特徴は「同質性(the homogeneous)から異質性(the heterogeneous)への変化にある」[Spencer 1966 T:290]。彼の進化概念は,種子から木へ,卵から動物へという経過などに例えられているように,個体発生・系統学的な事実にもとづく重要なものである[Ibid.]V:9-10]。この進化過程をたどるのは生物だけではなく,政治や言語や文化などあらゆる分野に適用された[Ibid.]V:10]。当然のことながら,スペンサーの論理の中では,社会も時間軸に沿って時系列的にみれば「同質性から異質性へ」という変化を辿るのであり,それを別の言葉に置き換えたものが「軍事型社会から産業型社会へ」であった。それゆえ,この表現は社会があるタイプから複雑なタイプに変化することを意味しているのであって,社会の発展法則を意味するものではない。社会が現時点からみて,より望ましいと期待される状態へ変化していくという法則観を「発展法則」と名づけるならば,後述する啓蒙主義以降に独特な「発展法則」観の奇異さは,分子生物学における「中立(neutrality)」3)概念に注目すると明らかになる。中立説にもとづくならば,「進化」とは有利・不利いずれの方向にも偏ることなく変化することを意味する。つまり,無数の変化の中から人間にとって望ましい状態だけが選択され,その結果成立した過程を「進化」「発展」とは呼ばない。以上の考察を踏まえると,スペンサーとデュルケムの提示した社会類型で対応するのは「軍事型社会(同質的社会)―環節社会」,「産業型社会(異質的社会)―組織社会」である。しかし,この対応関係をデュルケムによるスペンサー評価を通して考察するならば,両者の@共通点とA対立点がいやが上にも浮上してくる。この二つの観点には,両者が抱えていた本質的な問題点が潜在している。@二点の共通点が存在する。第一点は,両者はともに「分業」が社会的調和に対し,本質的に貢献することを認識していたことである。ただし次節で述べるように,デュルケムはスペンサーが提示した生物学的見解にもとづく「分業」の真意を完全には把握していなかった。第二点は,両者において観念的な社会契約の概念はもはや肯定され難いものであることである。すなわち,スペンサーとデュルケムは彼らの時代において,社会契約は有効な社会原理としての効力をすでに喪失していたという問題性を共有していた。このことは,両者が原初的な社会状態においては個人と社会が一体化し調和していたが,それらの社会が進展して近代に到達し「産業型社会」(スペンサー),「組織社会」(デュルケム)に変化を遂げるや,個人と社会との調和が保持され難くなった,と実感していたことからも裏づけられる[cf. Durkheim op. cit. :177, 179, 197=前掲書:245, 247, 268]。ここで,第一点の両者の「分業」観に付言するならば,デュルケムは分業も万能ではないことに気づいていた。それは彼が「社会的」分業論と称し,「経済的」分業と区別していたことからもわかる。すなわち,経済的分業の発展によって社会秩序は崩壊し,もはや社会的分業によってもその崩壊を食い止めることは不可能である,とデュルケムは懸念していた。彼が『自殺論』において展開した自殺率の上昇という社会的事実は,そうした社会状況を如実に現わすものであった。つまり,このデュルケムの現状認識こそが,スペンサーを無視し得なかった理由に他ならない。それは以下の対立点でより明白になる。A三点の対立点が存在する。第一点は,社会進化の初期段階における社会状態の存否である。デュルケムは,未開社会に例をとった同質的社会(スペンサー)では独立した人間が存在するだけで社会関係は存在していないと述べている。これに対し,環節社会(デュルケム)では主として宗教にもとづく共通の信念と慣行によって共同体が営まれていた。デュルケムにとって,「法律」こそが目に見える個々人間の社会的結合を示すものだった。つまり,彼は環節社会においても,その法律に代替する宗教的信念や慣行の存在によって,社会形態が存在すると主張した。しかし,スペンサーの同質的社会は,デュルケムが考察したような社会的関係が全く存在しない状態ではない。スペンサーは,未開社会において人間誰もが一人で「戦士,猟師,漁夫,道具作り,大工」[Spencer op. cit. ]V:19]などと,幾つもの役割をもって生活をしていてことから「同質的社会」と主張したのであった。確かにその社会では諸個人間に明確に役割の分化は存在しなかったが,社会的関係の存在が皆無の状態では決してない[cf. Durkheim Ibid. :29, 155=同書:85, 221]。第二点は,社会における「社会契約」以外の諸個人間における連帯形態の存否である。デュルケムは,産業型社会(スペンサー)全体が結局は,商業を基礎とした「私人的契約」によって諸個人が結束しているだけであり,それ以外には何の連帯も存在しないと述べている。これに対し,組織社会(デュルケム)では商業に特有な契約は存在するが,諸個人相互の結びつきはこの「契約」に依存する必要がなかった。なぜならば,組織社会ではその契約を全て取り去っても,分業によって招来された道徳にもとづく社会的連帯が存在し,これこそが諸個人相互を結束する有力な手段になるからである。しかし,スペンサーの論理において商業契約以外に諸個人相互を結束させる「ある形態」が存在しなかったわけはない。3節以下で展開する生物学的見解を基礎する「社会有機体説」こそがまさにそれを示すものである。社会を有機体そのものと見做したスペンサーには,社会的連帯という言葉を挙げる必要はなかった[cf.Durkheim Ibid. :94-95, 178, 180=同書:155, 246, 248]。第三点は,「個人的活動」に対する見解の相違である。デュルケムは,スペンサーが産業型社会の中で,個人的活動の範囲は商業契約にもとづく「自由な交換」によって拡大すると主張している,と述べている。組織社会(デュルケム)では,前述した通り「法律」が個人的活動を本質的に操作する装置となり個人に対する影響力を強化するために,個人的活動の範囲は拡大することはない。しかし,スペンサーがあえて産業型社会で「個人的活動が拡大する」と主張したのは,彼が個人の自発性が損なわれつつあるという懸念を内的に抱えていたことに他ならない(4節参照)。つまり,両者は近代社会における人間個人の自発性に関する同じ問題性を共有していた[cf. Durkheim:178, 182=同書:246, 250]。以上考察してきた三点にわたる対立点は,全てデュルケムが,スペンサーの論理における「有機的」な分業を「機械的連帯」と,「機械的」な分業を「有機的連帯」と順序を逆にして主張し,誤解したところに端を発している。デュルケムの高等動物を例にとった有機的連帯を敷衍するならば,近代人というある特定の能力に特化された人間からなる連帯である。しかし,スペンサーはデュルケム以前に,こうした近代的分業によって促進される連帯を危惧していた。すなわち,彼は,近代的分業とはある社会において全面的な能力を有しうる人間が,ある特定の能力を除いた他の全ての能力を犠牲にすることによって成立するシステムであると気づいていた。それゆえ,スペンサーは,ある特定の場所である特定の人間が役割を果たしている社会を,生物に範をとり「有機的」とは見做さなかった。これこそ,スペンサーの社会有機体説の核心部分である。このことは4節で詳述する。3 スペンサーの社会学における生物学の意義
前節における考察から,デュルケムのスペンサー評価の鍵は両者の「分業」観の差異であることがわかる。ここで双方の「分業」観を深く明快に探究するために不可欠な「時間」概念についての前提およびスペンサーの社会学における生物学の意義を紙幅を割いて提示しておく必要がある。これは,5節で言及する本稿の内在的な問題点である「人口」概念に論及するためにも欠くことのできない考察である。われわれ人間を含む生物は,少なくとも三つの時間の中で生きている。第一は,地球が太陽系の一つの惑星である限り,生物全体を支配する「宇宙の時間」。第二は,進化と自然淘汰を繰り返すことで,一つの生物種の存続が可能となる「種・共同体の時間」。第三は,一個の生命の誕生から死までを刻む「個体の時間」。レヴィ=ストロースは第二と第三の時間を区別しなかった。それは彼が「種としての個」[Lévi-Strauss 1962:253=1995:229]と表現していることからも明らかである。つまり,第二の時間は第一の時間と第三の時間とを繋ぐ時間である。人間に限定して考えるならば,第二の時間は「共同体の時間」である。この第二の時間では異なる文化・文明においては各々に異なる固有の時間が流れている。同時にこの時間は,人間と共生するあらゆる生物「種の時間」を人間が侵害しない生活がその中で営まれている,いわば自生的な共同体が刻む時間でもある。しかし,人間社会には第四の時間として「制度・システムの時間」4)が挿入されている。以上の「時間」概念のうち,第一,二,三の時間は,生物学に如実に反映されるものである。後述するように,スペンサーは社会を一個の生命体であると明言するために,生物学に多くを学び,それらを踏まえて議論を展開する必要があった。スペンサーの生物学理論から導出されるエッセンシャルな命題は,@「個体を群体から分離することはできない」,A「個体数概念5)は必然的に食糧概念を要求する」,B「生命とは内的関係と外的関係との持続的な調整である」,の三点である。特にAは5節で詳察する問題点そのものであるので後述することにし,@とBについて考察を補足する。ここで念頭に措くべきことは,スペンサーの初期の著作『生物学原理』が次節で考察する『人間対国家』『社会学原理』に対し,いかなる内在的な問題点を呈示していたのか,ということである。@「個体を群体から分離することはできない」。スペンサーはある種の生物における個体と群体(群相)との境界の不明瞭さの発見を契機に,「個体とは何か。・・・この問題を明らかにする満足のいく解答はない」[Spencer op. cit. U:244]と,一般に生物における個体概念を考察する上で,どこから個体であると見分けることは非常に困難であると述べている。彼は,動物ではヒドロポリプ,植物では匍匐枝をもつイチゴの事例を挙げ[Ibid. :244-251],群相に注目しなければ動植物の生態を克明に分析することはできないと考えた。それゆえ,彼の論理においては群体から個体を切り離すことは不可能であり,意味のないことであると主張されている。付言するならば,この論理を敷衍しつつ彼の社会進化論に立ち返ると,ホモ・サピエンスはその社会形態が軍事型,産業型如何に関わることなく群相であることに違いはないという考えに帰着するが,このことは次節で詳察する。B「生命とは内的関係と外的関係との持続的な調整である」。この命題は,スペンサーの「生命」に対する定義そのものである[Ibid. T:61]。彼は生物と環境との連続的な調整活動を生命と呼んだが,この活動の様相は永続的なものではない。例えば東インド諸島の地形変動[Ibid. ]V:4]や,突然の食物連鎖の不均衡の発生[Ibid. U:102]によって,生物が絶滅することもある。スペンサーの定義における持続的調整の停止は「死」を意味した6)。生命に関する定義のうち「調整活動」という表現に着目するならば,「生存」とは「死」にいたる過程そのものである。つまり,生物の「調整活動」の持続を「生存」といい,停止を「死」という。「生存」の事例としては,地形の変化によって,肉食動物と草食動物が接触することが生じた場合,草食動物は自衛方法や逃走方法を,肉食動物は追跡方法や攻撃方法を,同時に変えることが挙げられている[Ibid. ]V:51]。すなわち環境の変化に応じて,生物の側も種を破壊する力と保存する力を動的に均衡させ,環境に適応する能動的な能力を向上させていく。特にBの考察からも明らかになった通り,スペンサーの生物学において生物と環境との相互作用は重要な鍵となっている。すなわち,彼は「生命とは,生物と環境との連続的な調整活動のことである」と明言したが,この命題の対象である生物有機体に,社会有機体が内包されることを示唆する文言がある。「個人的および社会的有機体両者において,外的および内的システムが互いに区別されると,この二つの間に存在し,その調整を促進する第三のシステムが生じてくる」[Ibid. Y:482]。さらに,スペンサーは外的システムと内的システムの「中間物(intermediation)」[Ibid.:482]を第三のシステムであると述べた。以上の考察からも明かな通り,彼のいう内的システムと外的システムとの区別は,「生物」すなわち「社会」と「環境」との区別を意味する。それゆえ,先の文言は大変重大な論点を呈示している。それは,スペンサーが今日の言葉でいうならば「社会システムは開放システムである」と早くも主張していた,ということである。彼の想定した社会システムは閉鎖されたものではなかった。スペンサーは社会と環境との相互作用が存在し,それが「時間」現象そのものであることの重要性を社会学に対して強く主張していた。4 スペンサーの社会有機体説
以上の「時間」概念に関する前提およびスペンサーの社会学における生物学の意義を踏まえて,先に考察したデュルケムの有機的な「分業」観を考察すると,それはスペンサーの主張したものとはかなり異なるものであることがわかる。デュルケムは,労働者としての個人の自発性が大きく損なわれる経済的分業を批判したが[Durkheim op. cit.:345=前掲書:152-153],彼が主張した社会に有機的連帯を招来する分業は,明らかに経済的分業を基盤にした近代的な分業であった。それは『モンテスキューとルソー』において,デュルケムが提示したルソーの社会契約に対する見解から読みとることができる。デュルケムは『社会契約論』の中で提示された社会契約が,自然に根拠をもつ「自然な」ものである,との見解に驚愕し,あえてこの「自然な」を「合理的な」という言葉に置換して,ルソーの論理を社会学の先達として解釈した[Durkheim 1953:151=1988:109]。つまり,経済的分業の理論的な根幹をなす社会契約は「自然な」ものではないと,デュルケムは明言した。なぜならば,彼にとって社会契約とは社会的秩序を確立する目的のために「合理的」に秤量された手段であったからである。それにもかかわらず,デュルケムはルソーを評価した。この結果,時間論的解釈を行えば,デュルケムのいう「分業」も自然と対置する第四の「制度・システムの時間」であることが否定できなくなる。つまり,これは人為によって合理的・理性的に社会は形成されるべきだとするデュルケムの理性主義の結果なのである。しかし,ここでルソーの論理を併せて考察するならば,彼は社会契約を「自然な」ものとする一方で,その論理の根底には非自然的な「人間精神の連続的な発展」観[Rousseau1964:162=1984:230]をもっていた。これこそ,自然と人間との相剋を映し出すルソーの論理における二重性である。先のルソーの発展観は,啓蒙主義以来の「発展法則」に裏打ちされている。すなわち,ヨーロッパ近代人の合理性を前提におき,人間は理性的であるということを矛盾無く論理づけるために,未開人と近代人との間に漸次的進歩を構想するという発展法則であった。今日までこの意味の進歩が「進歩」概念の中心をなしていた。以上の考察から明らかとなった,啓蒙主義,ルソー,デュルケムが論理的な根底においていた「発展法則」観をスペンサーは有してはいなかった。それは,彼が「進歩について――その法則と原因」冒頭で「昨今用いられている『進歩』の観念は,移ろいやすくて曖昧なものである」[Spencer op. cit. ]V:8]と断言し,目的論的に進歩という現象を人間の幸福との関連から捉える認識を批判していることからも判断可能である[Ibid. :9]。スペンサーのこの主張は,先の啓蒙主義における「発展法則」と距離を取ろうとする意識の現れに他ならない。さらに彼が『生物学原理』においても,「Growth」「Development」二つの概念に対し,それぞれ「成長」「発展」ではなく「規模が拡大すること」「構造が複雑化すること」と言い分けており,さらに「進化」とはその両者の意味が内包されること,すなわち規模が拡大し,同時に構造が複雑化すること,と提示していることからも明らかである[Spencer Ibid. U:162]。つまり,スペンサーは「発展法則」観と自らの提示した時間が異なること,すなわち「人為」と「自然」の支配する時間が違うことを明確にするために生物学を学び,それを社会に対して提示すること,それこそが社会学であると主張した。時間論的解釈の見地に立つならば,彼は啓蒙主義以来提唱され続けてきた,人為による第四の「制度・システムの時間」が社会そのものである,との見解に異議を唱え,それ以外の時間が存在することを生物学から導出し,社会に提示した。それゆえ冒頭でも述べた通り,われわれは「発展法則」に依拠しないスペンサーのいう「有機的」という言葉を単なる譬え話にしてはならないことがわかる。スペンサーと全く異なる分業を主張した,デュルケムの「分業」が第四の時間にもとづく分業であることは,人類学の知見を加えて考察すると明確に把握できる。一平方キロメートル当たり一人以下というザイール北東端の森の中で,焼き畑農耕民と狩猟民ピグミー族が共生している[寺嶋 1996]。彼らは互いに農作物と労働・女とを交換し,明らかに分業を成立させている。しかし,この分業は時間論的見地に立つならば,自然と共生する第二の「種・共同体の時間」にもとづく分業であり,デュルケムのいう「分業」とは本質的に異なる。焼き畑農耕民と狩猟ピグミーが行っている分業は,人間の生殖力を含めた生産活動が自然のもつ生命力を破壊しない限りにおいて成立するものであり,それは一個の生物が自然の中で生存していることを髣髴させる「有機的」な分業である。しかし,デュルケムは近代的な分業の中で人間が個人化し,部分としての結びつきが強くなるほど「有機的」連帯が招来すると述べた。2節で述べた通り,このデュルケムの見解は「社会が生物有機体に似ている」という発想にもとづくものであり,先の人類学的考察とも,以下で論及するスペンサーの社会有機体説とも相容れないものである。本来ならば,デュルケムの社会進化論において,強力な共同体が存在していた原初的社会の中での諸個人の結びつきは「機械的」連帯ではなく,「有機的」7)連帯というべきものであった。2節で考察したデュルケムの指摘の通り,スペンサーは自らが提唱した「産業型社会」が,いわゆる経済的分業や職業の専門化を通じ,社会が複雑化していることを現状認識していた[Spencer op. cit. ]T:366]。しかし,ここでスペンサーが問題としていたのは,デュルケムのいう社会的分業とは一線を画すものであった。それは前節で考察した文言に求められる。「個人的および社会的有機体両者において,外的および内的システムが互いに区別されると,この二つの間に存在し,その調整を促進する第三のシステムが生じてくる」。スペンサーはこの外的システム,内的システム,第三のシステムをそれぞれ「規制システム(regulating system)」[Ibid. Y:507-536],「維持システム(sustaining system)」[Ibid. :486-492],「分配システム(distributing system)」[Ibid. :493-506]と呼び,それらが相互依存関係にあることを示した。外的システムである規制システムとは,システム全体の環境への適応するのを処理するシステムであり,生物有機体では神経組織,社会では政府・軍隊がこれに相当する。内的システムである維持システムとは,システム内部の必要を充足するシステムであり,生物有機体では消化器官,社会では産業がこれに相当する。分配システムとは,その内的システムと外的システムを連結するシステムであり,生物有機体では血管組織,社会では交通・通信網がこれに相当する。スペンサーが提示したこの三つのシステムによる分業体制は,明らかに彼の生物学的知見を踏まえた,社会と環境が相互作用をしていることを前提としたものであり,大きな観点から考察するならば,社会が「生命」を持ち環境と対峙している一個の有機体と考えるべきである,と主張するものである。この分業体制は,前述した人類学的知見にもとづく考察から明確になった第二の「種・共同体の時間」にもとづく「有機的」な分業に相通づる分業であった。同時にそれは,「有機的」連帯をもたらすと主張した第四の時間にもとづくデュルケムの「分業」論とは異なる分業であった。以上の考察からも明らかになった通り,スペンサーの社会有機体説は,社会が生物有機体と似ているという発想にもとづくものではない。彼は社会を有機体そのものと見做さなければならないとした。その理由は,彼が晩年に著した『個人対国家』の中から読みとることができる。スペンサーのこの著作は,本稿冒頭で考察したターナーによるステレオタイプの分類のB,すなわちレセ・フェールを主張したものと捉えられることが多い。しかし,われわれはこの観点に固執すると,スペンサーの真意を失することになりかねない。スペンサーは1601年以来,英国社会を震撼させ続けた救貧法の制定に反し,大量の貧者が発生し,社会の風俗が退廃したことを事実として重く受け止めていた[Ibid. ]T:296-298]。しかし,彼は博愛主義者のように救貧税を釣り上げることによって貧者を厚遇することを善とはしなかった[Ibid. :298]。それは,貧者だけに注意を払うことの与える危険性をスペンサーが察知していたからである。彼は,貧者を雇用することによって賃金を支払わねばならなくなった農業資本家や,一時的に重税を強いられた納税者の反対を押し切って新救貧法を断行した結果,二年後に税金が200ポンド軽減されたこと,貧者も職を得,教区内の生活状態も改善された事例を挙げている[Ibid. :298-299]。この事例は,スペンサーが貧者,納税者,農業資本家,立法者,いずれか一人に配慮してシステム・制度を改善すれば社会秩序が維持されると考えたのではなく,あらゆる種類の人間を包含した社会を総合的に考える必要性を訴えていたことを提示している。すなわち,彼は個人に注目するとかえって国家すなわち社会全体を見失いかねないと主張した。生物同様,個人の群相8)として社会を捉えるというこの発想は,前述した彼の生物学から導出される命題の@そのものである。それは,彼が「社会は有機体と見做さなければならない」とした最大の根拠でもある。スペンサーの社会有機体説の核心は「群相としての社会」を主張するところにあった。ところで,時間概念にもとづくと,スペンサーが憂慮したイギリス社会のその背景には,資本主義経済体制に裏づけられた分業システムの進展により,人間は工場システムや救貧法など,第四の「システム・制度」の時間の中でしか生きざるを得なくなった事実が存在する。しかも,スペンサーの生きた時代において,人間はその時間しか見なくなった。そこで,スペンサーは人間社会にはもう一つの時間が存在することを指摘した。彼のこの論理と,後世『野生の思考』を著したレヴィ=ストロースの論理は共通する。レヴィ=ストロースは,種の「構造」と「歴史」との顕著な対立図式の中で,近代人が「出来事」に遭遇した時に,「発展法則」すなわち「歴史」側の方向に進むのに対して,別の方向すなわち「構造」側があることを示した[Lévi-Strauss op. cit. :149-150=前掲書:107-108]。すなわち,スペンサー,レヴィ=ストロースは共に,近代人には「産業化していく時間」と「生物としての社会が営む時間」との区別がつかなくなっていることを提示した。つまり,スペンサーによる「群相としての社会」の主張には,デュルケムと同様に古典派経済学へのアンチテーゼが内包されていた。このスペンサーの論理は,彼の個人主義的発想9)に立つ社会観の中で個人の自由を拡大すべきとの主張[Spencer op. cit. ]T:271]や,社会と生物有機体との差異として社会には意識が全体に分散している[Ibid. ]V:276-277]との見解と,何ら矛盾するものではない。なぜならば,群の中に個が存在すること自体は自明であり,個が存在しなければ群も成立することはなく,さらにその個の自発性を支える自己主張と群相概念は抵触しないからである。スペンサーは社会の中における個の自己主張の先に存在する問題として,「群相としての社会」を見据えていた。5 群相としての社会と人口
以上考察してきた通り,スペンサーは社会の秩序を安定・維持するために,「群相としての社会」を提示したが,彼がその発想を提起する端緒となったのは他ならぬ人口問題であった。「産業型社会」に到達したかに思われた近代社会も,スペンサーにとっては先に考察した救貧法問題をはじめ,未だ解くべき問題を多々抱えた社会であった[Spencer op.cit. ]T:266]。国家に付随する重要な立法という機能も個人の幸福のために充分に作用していない。例えば,職人の居住に関する法令(Artisans' Dwelling Acts)の制定により,2万1000人もの家のない人間のうち1万2000人に家が供給されたが,依然9000人は住居が与えられず放置されていた[Ibid.:340]。スペンサーにおいて,人口問題が引き起こす社会的な害悪の存在は社会の秩序が保たれていない証拠に他ならなかった。スペンサーにおける「個人と社会との調和」とは単なる道徳的命題ではなく,事実命題として存在するものであった。つまり,彼が早くから「人口」に注目したのは決して偶然ではなかった。スペンサーは彼の執筆活動のうち,ごく早い時期である1852年に「ウエストミンスター・レビュー」に「個体数の理論(A Theory of Population)」を発表し,15年後の1867年にこれに加筆した「増加の法則」を全集に収録した10)。これまで,この二つの論説は単に生物学の範疇における著作と受け止められてきたために,社会学者にほとんど注目されることがなかったが,唯一人ピールは人口変動を伴う社会進化の一環として「人口の中に自己調節メカニズムが組み込まれており,人口が進化を副産物として確保している」[Peel1971:138]と指摘している。このピールの見解はかなり興味深いものであるが,残念ながらスペンサー理論における「人口」の位置づけまでは論じられていない。スペンサーによる個体数に関する二つの論説において,最も重要な点は彼がこれらの個体数理論の根底に食糧という概念すなわち生命に固有の概念と個体数の増加法則とがどのように関連し合っているのかという問題提起を据え,その関連状況の追求を試みていたということである。食糧という概念は,一環境要因を指示する概念である。それゆえ,個体数理論に論及するということは生物と環境との適応状況の考察をすることに他ならない。彼がその「生物と環境との適応状況」を如実に示すと直感していたものに「個体群圧(人口圧)」があった。この個体群圧を示唆する命題が,3節で彼の生物学から導出される命題A「個体数概念は必然的に食糧概念を要求する」である。ここで生物学に多くを負っていたスペンサーの社会進化論に立ち返るならば,前述した通り,彼の進化観は社会が変化する過程において「分裂」または「絶滅」の可能性を内包し,決して単線的図式の中では捉えきれるものではなかった。すなわち,スペンサーにおいて社会は生物有機体同様,生きているということを痛感させる「死」を免れ得ない。つまり,生物有機体が固有の時間を刻むように,社会も独自の時間を刻んでいた。すなわち,彼の論理の中には「社会は時間内存在である」という重要な命題が明確に含まれていた。しかし,スペンサーにとって時間内存在であるのは生物や社会だけではなかった。それは,彼が人間集団において新たな言語や民族が誕生する一つの契機として,気象条件が厳しく食糧の入手が困難である状況を例示していることに注目すると明白になる[Spencer op. cit. Y:454-455]。先の条件下におかれた種族は,集団の分化,種族間の抗争,人数の減少を通して,ある種族は存続し,ある種族は絶滅していく。つまり,種族の「自然淘汰」は人間が有している時間と環境が有している時間とのずれによって引き起こされたものなのであった。逆にいうならば,環境が時間を有することの紛れもない証拠が「自然淘汰」に他ならない。スペンサーは環境も時間内存在であることを示唆していた。以上考察してきたように,「食糧」の増加率と「人口」の増加率との不均衡の指標である「人口圧」は,社会と環境との対峙様相を確実に映し出す。つまり,「社会が有機体そのものである」こと,すなわち時間内存在であることの有力な指標が「人口」であった。ところで,人口と食糧とを関連づけた問題の提唱者としては,誰しもスペンサーから半世紀遡る時代に生きたマルサスを想起するであろう。マルサスは古典派経済学やユートピア主義者が描こうとした人工の楽園を批判するところから『人口の原理』を著した。彼が提示した「第一に,食糧は人間の存続に必要なものである。第二に,両性間の情念は不可避的なものであり,この状態はこのまま続くであろう」[Malthus 1986:8]という明快な二公準も,実は「時間」という概念が存在しなければ成立しないものであることがわかる。換言するならば,前者は個体の維持,後者は種の維持を提示するものであり,この二公準それ自体が生物学的なものである。つまり,マルサスは人間が有している営みの時間尺度と環境の有している時間尺度がずれた結果,発生するのが人口問題すなわち「貧困と犯罪」[Ibid. :52]であると述べた。時間論的な解釈を行うならば,人間が第一,二,三の時間の中でしか生きていない場合には,食糧不足が発生すると人口は自然に減少方向に向かう。しかし,近代社会において,人口がそのような動向をとらなかった端的な理由は,第四の時間が支配する工業化の推進のためであった。つまり,こうした現実社会を直視し,マルサスは第一,二,三の時間と第四の時間がずれ始めた,と主張した。ここに,スペンサーとマルサスとの間における明らかな連関を見出すことができる11)。両者の差異を強いて述べるとすれば,生物学から導出される「理論上の人口問題」に言及したのがスペンサーであり,応用問題として「現実社会上の人口問題」に言及したのがマルサスである。しかし,両者ともに社会が環境と対峙していることに注目している限り,「理論上の人口問題」と「現実社会上の人口問題」という二つの人口問題は,同一の問題性を抱えている。つまり,人口問題とは人間が生物種同様,群相としての社会を想定しないと解決の糸口が見出せない問題の象徴である。前述した通り,スペンサーとデュルケムがともに懸念していた社会契約は,人口問題の一つである食糧問題の解決策を水路づけない。第一に,契約とは私人間の権利調整はなし得ても諸個人と全体間の権利調整はできず,第二に,契約から発生する市場原理は食糧の適切な配分に貢献しないからである。スペンサーにおいて「契約説−有機体説」という対立構図をいやが上にも呈示するのが「人口」概念であった。従来,社会を社会システム論的観点から考察する場合,学問的な慣習上「構造」「機能」という二つの視点から分析が試みられてきた。しかし,これに加えて第三の視点として「時間」が考慮されなけば,群相としての社会が把握され得ないことはすでに考察してきた通りである。スペンサーの社会有機体説における「構造」「機能」概念は,レヴィ=ストロースの知見にもとづくと明確化する。レヴィ=ストロースの「熱い社会」「冷たい社会」[L@vi-Strauss op. cit. :309=前掲書:280-281]に倣って,前者のもつ構造を「熱い構造」,後者のそれを「冷たい構造」とするならば,「熱い構造」とは,出来事という歴史的要因が人間の作る制度・システムによって作為的に消去されてしまう社会のもつ構造であり,いわば人間が自然に比して優位に立つ構造である。他方,「冷たい構造」とは,出来事が自然の中に溶かし込まれ,結果的に出来事によって何も影響を受けていないように見える構造であり,いわば自然が人間に比して優位に立つ構造である。例えば,「熱い社会」とは古典派経済学が支配する構造である。また,スペンサーにおける「機能」概念は,人類学者が道具として用いざるを得ない機能概念と同様のものである。すなわち,ある民族・種族において,時間を経て進化論的に組形されてきた,ある特定のモーレス・習慣をこそ「機能」とする。これは,人間が特定の制度・システムに対して付与するときの「機能」とは根本的に異なるものである。つまり,ここで提示したスペンサーの「機能」とは,秩序ある集合体と考えられている「構造」を成立させると考えられている「機能要件」とは異質なものである。スペンサーは『生物学原理』において,生物にも「構造」「機能」が存在することを述べている。例えば,これまで考察してきたように,サンゴにも「構造」は存在する。それは個体を分離することができない群としての構造であった。また,例えば,鳥類の翼は運動能力が哺乳動物に比べて高いことを顕著に示すものであるが,高等哺乳動物はその翼がない分,鳥類に比べて複雑な神経組織をもち,体内と体外との潤滑な調整作用が可能となる[Spencer op. cit. U:201]。これらの事例は,時間論的解釈を行うならば,スペンサーが第一の「宇宙の時間」の中で種すなわち「構造」と「機能」が進化論的に作られていくことを述べたものである。すなわち,「構造」「機能」が人為の及ばない領域で確実に作られていくものであり,人間が関与して作り上げることが不可能なものであることが示唆されていた。このスペンサーのいう「構造」「機能」概念は,レヴィ=ストロースが主張した「冷たい社会」に象徴される「冷たい構造」と全く同じものである。つまり,両者はともに第二の「種・共同体の時間」と第三の「個体の時間」の中において「構造」「機能」を捉えており,その論理は,第四の「制度・システムの時間」の中で「構造」「機能」分析を行おうとした後世の理論とは一線を画すものであった。スペンサーは生物学を通して,第一,第二,第三の時間の中にも統計学的かつ種の多様化を反映するダイナミックな法則が存在すると述べていた。スペンサーとレヴィ=ストロース両者は,この法則の下でこそ,人間および人間社会を捉える必要性を訴えていたのであり,前者の「群相としての社会」,後者の「種としての個」はその象徴である。しかし,スペンサーが「社会は有機体と見做すべきである」と主張した瞬間に,有機体そのものである社会の生死の問題がいやが上にも浮上してくるのを,現代社会に生きるわれわれは感じざるを得ない。スペンサーが「群相としての社会」を提示しさえすれば,手放しで社会は安泰であると考えていなかったのではないか,という総合判断がわれわれの中に残る。[注]
邦訳に関しては参照するにとどめ,訳語は必要に応じて自由に変更した。
1) @〜C点にわたるステレオタイプを踏襲したスペンサー観は多数存在する。例えば,ホフスタッターはB,Cを強調し,米国産業社会に対する社会ダーウィニズムの紹介者としてスペンサーを捉え,「生存競争」「適者生存」原理がいかに米国社会に浸透していったかということ,その原理が第一次大戦までに国外へ流出し,「民族主義」「軍国主義」という形で展開していったこと,ナチズムの台頭に社会ダーウィニズムが一端を担っていたこと,を主張している[Hofstadter 1944]。また,Aを強調したものとしては,ペリンによって四分類された社会進化理論がある。彼は,スペンサーの社会進化観が「理想的な『社会状態』へと向かう過程としての社会進化」「機能的なサブシステムに社会集団を分化する社会進化」「労働分業を進歩させる社会進化」「社会における種の起源としての社会進化」という,イデオロギー的要素しかもたないと述べた[Perrin 1979:1339-1359]。また,スペンサーの論理に対し@〜C点全てを踏襲したイギリス国内および国外の幾多の論説を伝記風スタイルで提示した貴重な労作に梶谷素久の論文がある[梶谷 1977]。2) 近年,「自然淘汰(natural selection)」という語に,生物学界では「自然選択」という訳語があてられている。しかし,今日までスペンサーとダーウィン両者に賦与されてきたステレオタイプを考慮するならば,前者の方が原語のもつ,ある意味で強烈にも受け止められる意味合いが生かされると判断したので,あえて変更することはしない。「均衡(equilibrium)」も同様に「平衡」と訳されているが,これも変更しない。3) 木村・大沢 1989:78-87。4) 本稿が提示した第二の時間と第四の時間との区別を示唆するものに,真木の労作がある[真木 1981]。真木は,自然と共生してきた共同態のもつ時間尺度が,近代社会において分業システムの固定化によって消滅した,とのシステムと時間との図式を展開した。5) 「population」は,一般に動植物の場合には「個体数」,人間の場合には「人口」と翻訳される。両者を集約すると「個体数」となるが,我々の中に人間の数を「個体数」と称することに些かの躊躇が存在するのは,我々が「人間は動物である」と頭で認識していながらも実は「人間は動物とは違う生き物である」という観念を捨てきれないからである。本稿では「個体数」と「人口」を同義語とし,必要に応じて使い分けている。6) このことをスペンサーの生物学的観点にもとづき図示したものにターナー理論モデルがある。彼は,スペンサー理論の「概観的分析モデル」と「システムの成長・分化モデル」[Turner op. cit. :65-73]を考案した。ここで注目すべきことは三点ある。第一は,単線的図式の中で進化をたどるという,従来のスペンサーの進化観を否定していること。第二は,「社会が変化する」というスペンサーの論理の過程において「分裂または絶滅」があり得ることを踏まえていること。第三は,スペンサーの社会進化観は生物学的進化観なくして把握できないと示唆していること,である。しかし,このモデルは,人間社会に限定してモデル化されているために,後述する「群相としての社会」が反映されていない。7) この「有機的」の意味は,2節末尾で述べたスペンサーの論理を踏まえたものである。8) 昨今,遺伝子アルゴリズムにおいて群相は不可欠の要素となっている。個体数がある限界を切ると絶滅する現象は,個体数のもつ差異の範囲が少なくなり,その結果,群としての環境適応力が減少すると仮説を立ててコンピューター・シュミレーションを行うと良好な近似値が得られる。つまり,こうした実験結果は「種としての個」「個の中の種」という概念を考慮する必要が存在することを意味する[cf. Smith 1989=巌佐・原田 1996]。9) 例えば,富永や森による著書を参照[富永 1965:88-113,森 1970:111-132]。10) 筆者の分析した限りにおいて,後者は前者に比して例示が増えただけで論理展開は同じである。前者は分量に依らない分,スペンサーの論旨を明快に打ち出していると考えられたので,本稿では両者に依拠することにする。11) この点は,拙稿「社会の時間内存在性指標としての人口」[挾本 1997:162-72]を参照。
[参考文献]
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英文要旨
The Sociological Importance of Herbert Spencer's Organic Theory of SocietyKayo HASAMOTOHosei UniversityIt was not accidental that Herbert Spencer paid attention to the concept: "population". Population was a crucial indicator that lead him to find that the industrial society inherited the problems arising from its theoretical bases: social contract. His concept of the "industrial type of society" was not an ideal society, neither was it a goal to which human societies should aim, but it reflected the very problems stated above. This was especially evident in his The Principles of Sociology and Man versus the State. This paper makes it clear through the cross examination of Émile Durkheim's criticism on Spencer. The idea of "population" implies not only a demographic quantity, but more importantly it implies the antinomy between the items: "individuality vs. the whole", "nature vs. human being" and "organic theory of society vs. contract theory of society". This paper clarifies that Herbert Spencer, for the first time, declared the importance of the former item within each of the above antinomy to sociology.At the very dawn in the making of sociology, Herbert Spencer, through stressing the importance of population as well as of biological concept of species, has developed his unique view that a society should be considered as an organism itself. To him, this was not merely an analogy but the statement which should be taken exactly as such. The core of Spencer's organic theory of society was that a human society should be seen in the phase of species like animals and plants. The position of his study of biology to sociology lied in this. In this paper, his assertion is also verified through the examination of the cultural anthropological point of view in Léi-Strauss.Key-words: Population, Herbert Spencer's Organic Theory of Society, Species and Individuality
(追記:邦文htmlなのでドイツ語のウムラウトやフランス語のアクサンなどが落ちています)。