2005年後期分講義
 以下に、後期の講義の内容の重要な部分だけを記します。講義日では区別していないので、2回にわたってお話してきた部分も、まとめて提示しておきます。
 内容を重視しているために、講義を行った順序ごとにはなっていないところもあります。
 
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 後期の講義では、現代社会を語る上では欠かすことのできないマスメディアの現状と問題点を探求していきます。
 
 主に世論操作がどのように行われてきたのかを、第2次世界大戦前後のアメリカで「広告」「PR」という形で情報戦を国内で繰り広げ、民衆の購買意欲や政治参加意欲を手中で操ってきた専門集団の事例を取り上げながら、現代社会を考察していく予定です。
 
 同時に、新聞や雑誌などから時流を占う記事を読み、検討していくことも行います。マスメディアの発信する情報に対し、わたしたちはどのように向き合うべきなのでしょうか。記事をもとに、考えていってほしいと思います。
 
 今日はマス・コミュニケーションの形態に関する基礎知識を学びましょう。
 
 まず「マスコミ」という言葉です。「マス」は「mass」に相当することはいうまでもないと思いますが、この「mass」には「大量」という意味と「一般大衆」という意味の二つがかけられています。「大衆」という言葉については、後日検討をすることにしますので、いまは「いわゆる指導者やエリートを除く、その他の人々」とぐらいに考えておいてください。
 
 「マスメディア」という言葉は、新聞、雑誌、ラジオ、テレビなど、マス・コミュニケーションの媒体のことをいいます。発信元と受容者を結ぶ情報を伝達する媒体のことです。
 
 コミュニケーション形態には4通りあると考えられています。1)一対一、2)一対多、3)多対一、4)多対多――がそれです。「一対一」は恋人同士の会話を考えてみればいいでしょう。「一対多」は大学での講義、そしてこれから問題にするマスコミがそれです。「多対一」はよく例に出されるのが、国王への国民からの請願です。窮地を救うヒーロー的な人物が出てきたときの人々の反応を想像してみてください。このような状況は歴史的にも多くあったはずです。「多対多」としてはインターネット上で繰り広げられるチャットなどがあります。整然としたものから収集がつかなくなってしまったものまで多くありますね。
 
 ひとつ注意をしてほしいのが、コミュニケーションというのが「情報化社会」など、わたしたちの社会を特徴づける際に用いられるときの「コミュニケーション」だけを想像しないでいただきたいということです。たとえば最近では「遺伝」も生物の世代間のコミュニケーションだと考えられています。伝達されるのはDNAです。また文化人類学では「婚姻」もひとつの部族集団から別の部族集団への「女(または男)」を介在したコミュニケーションだと考えられています。
 
 また、川田順造著『無文字社会の歴史』(岩波現代文庫)で書かれていますが、文字を持たない部族の、太鼓の音も伝達されるコミュニケーションであると考えられます。太鼓の音だけで歴代の王の存在と、それぞれの王への讃美を表しているのでした。これも文字によらない紛れもないコミュニケーションです。
 
 さて「マスコミ」の情報の伝達方法は、その大部分が「一方向性」です。「one-way」コミュニケーションとも呼ばれるのはそのためです。マスコミの特徴には速報性、受容者の大量性、情報の一方向性――が挙げられます。マスメディア側が情報の流しっぱなしを反省して、新聞紙上で読者からの意見が多少披露されたりしてはいますが。
 
 「一方向性」のコミュニケーションに対して「相方向性」「two-way」コミュニケーションがあります。「一対一」コミュニケーションに代表されるように、会話、討論などの形態をもつ、発信元と受容者の間で情報が往復するコミュニケーションがそれです。
 
 マスコミの情報伝達形態の長所と短所をよく踏まえながら、今後の講義を聴いていってほしいと思います。
 
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 『電車男』(新潮社)がミリオンセラーになった背景を、ネット社会から探ってみました。出版者側が分析する「売れた理由」と、ネット社会の隆盛のために売れていると判断している社会(世間)とのズレが興味深かったと思います。
 
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 情報操作をされやすいわたしたちのおかれている環境について考えてみましょう。
 
 20世紀アメリカを代表するジャーナリストにウォルター・リップマン(1889−1974)がいます。彼が『世論』(1922)の中で提唱した概念に「擬似環境」があります。「擬似環境」とは、わたしたち人間を取り巻く現実の環境(リップマンは「現実環境」といった)ではなく、わたしたちが頭の中でイメージする環境のことです。実際にわたしたちが操作することができる環境ではなく、社会が複雑多岐にわたって自分自身で完全操作することができない環境が増えているために、「これはこういうことだろう」と想定するだけで満足している環境のことです。しかし考えてみてください。「これはそういうことだろう」と想定するための情報はどこから与えられているのか。それは多くがマスメディアのはずです。
 
 あまりに複雑化した社会にアクセスする/把握しようとするために、わたしたちは情報を駆使していくつもの擬似環境を作り上げています。人間はこうした擬似環境が肥大化しているために、「現実環境」にうまく適応することができないのではないか、とリップマンは『世論』で懸念を表明しています。
 
 「擬似環境」が肥大化してしまった背景には、人間が共同体を崩壊させて、分業化を前提とする都会を中心とした近代社会の発生が大きく関与しています。自然と共生するという唯一の目的のために人間が暮らしていた状態とは大きく異なる生活が近代社会にはあります。個々の人間が異なる目的をもち、交通手段も発展して移住もしやすくなり、国内外の異文化とも接触がしやすくなる。マスコミが雨のように降らす情報を一身に受け、さまざまなイメージを想像しやすくなる。近代社会の進行につれてこの状況は進展するばかりでしたから、個々の人間が作り上げる擬似環境が膨れ上がっていったことは容易に想像することができます。
 
 こうした「擬似環境」を操作する人間が出てきます。ある商品を宣伝する際や選挙活動の際に陰で暗躍する人たちが第一次世界大戦の前後から登場することになります。広告やPRに関わる人間については、後日お話ししていくことにします。
 
 これから講義で多く言及することになる「群集」と「公衆」について解説しておくことにしましょう。
 
 近代社会を形成する人間の形態に対し、二人の知識人が違う角度から考察を加えています。一人はフランスの社会心理学者グスターヴ・ル・ボン(1841−1931)で、彼は「現代は群集の時代だ」と主張しました。ル・ボンのいう「群集」とは、個々の人間が人格を喪失し、操縦者の意図のままに行動する可能性が高い人間の集団のことです。合理的にではなく感情のおもむくままに行動し、付和雷同的な行動をとりやすいという特徴があるとされています。多くの買い物客がいるデパートの中で火災が発生したとしましょう。おそらく「こっちが出口だ」とか「こちらの階段の方が早く外に出られる」などといった不確かな情報のもとに、パニックを生じることが予想されます。このときの人間の状態を「群集」と考えてみればわかりやすいと思います。ル・ボンはこうした常にパニックを起こしかねないような人間が多くいるのが現代社会であると指摘しました。
 
 もう一人がフランスの社会学者ガブリエル・タルド(1843−1904)で、彼は「現代は公衆の時代だ」と主張しました。「公衆」とは、一見散らばっているように見えてもメディアによって結びついている人間集団のことです。メディアによって結びついている分、「群集」のように烏合の衆になることはなく、多種多様なコミュニケーションをとる結果、さまざまに情報交換や討議をすることができ、理性的な判断を下すことができるのが「公衆」であるとタルドは主張しています。
 
 タルドの「公衆」はル・ボンの「群集」を批判した形で提示されたわけですが、タルドが「公衆」にも付和雷同的な行動をすることがあると指摘していることからしても、「群集」と「公衆」の差は人間各自がメディアによってコミュニケーションを取っているか否かにかかってくることがわかります。つまり、わたしたち人間が集まった状態には、ル・ボンのいう「群集」の側面もタルドのいう「公衆」の側面も両方備わっているのです。両者のいう概念の差だけを理解するのではなく、両者が相互補完的に現代社会を映し出していたのだと理解するべきなのです。
 
 「群集」としてのわたしたちの側面と「公衆」としてのわたしたちの側面を利用する人間が登場します。先週もお話ししましたが、広告(PR)に携わる人間です。こうした人間が暗躍してきた(している)歴史をスチュアート・ユーウェンというアメリカの社会学者が綿密に分析しています。『PR!――世論操作の社会史』(法政大学出版局、2003年)がそれです。非常に興味深い本ですので、一度手にとってみるといいと思います。
 
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 さて、これまでマスメディアの「社会」への影響を解説してきたわけですが、この問題に取り組むとき、みなさんは「社会」をどのように考えているでしょうか。マスメディアの影響を直に受けるのは、テレビニュースや新聞記事に直に接したわたしたち一人一人です。しかしテレビの視聴者や新聞の購読者は何万人にもおよびます。この何万人もの人々のうち、あなたが実際に会ったり話をしたりするのはごくごく一部です。ほとんどがまったく見も知らぬ人のはずです。
 
 見も知らぬ人々とさまざまな行為(コミュニケーション)によって人間が関係しあっている、と考えるところから「社会」を考えようとする立場があります。卑近な例としては、わたしたちが毎日口にする食べ物はどういう経路をたどってやってくるのかを、考えてみるのがいいでしょう。どのスーパーで買ったのか、どの県の農家なのか、種はどこで生産されているのか――。肥料は、スーパーの袋は、誰が作ったのか――。さまざまな過程でどれだけの人間が介在しているのか。この例からもわかるようにわたしたちの日常生活だけでもさまざまな行為を介した縦横無尽の人的ネットワークが張り巡らされていないと、日常生活自体が成り立たないことがわかります。人間は一人では生きていけないのです。
 
 マスメディアの影響とこの縦横無尽に張り巡らされた行為のネットワークを合わせて考えてみるとどうなるでしょうか。マスメディアから知らされた情報にもとづいて踊らされるように株の売買が行われたり、人気商品を売る店や飲食店に行列ができたり、不祥事を起こした会社の商品に不買運動が起こったり・・・こういう行為は、誰かが誰かに言っただけで発生するのでもなく、マスメディアを介在して個々の人間が結びついているからこそ、気がついたときには大きなうねりのように発生していた、ということができるのではないでしょうか。
 
 しかし、この考え方にも欠点があります。それは行為のやりとりを注目するあまり、行為をする人間一人一人の顔がわからないということです。顔がわからないゆえに、メディアを介して情報を共有することで、個々人がつながっているのだ、という公衆という幻想を抱かせてしまうとみることもできます。
 
 顔がわかる、わからない――というレベルで人々が結びつき合っているかどうか。このレベルをそっくりそのまま、いまの日本の現代社会にもってきて妥当かどうかを考えることは無意味です。わたしたちは顔がわかる、わからないのレベルをとっくに越えたところで生活をしてしまっているのですから。それでは、このレベルで人々が結びつきをもっていたかどうかを考えるひとつのキーワードがあります。それは「世間」です。「世間に顔向けができなくなるようなことをするな」と叱られた人はもう少なくなっているとは思いますが、ここでいう「世間」は顔がわかる範囲内での人間集団を指しています。『「世間」とは何か』(講談社現代新書、阿部謹也)では、日本には「社会」ではなく、「世間」があったのだと主張されています。つまり、「社会」という西欧世界から輸入されてきた考え方ではなく、「世間」という日本独自の人々の集団の考え方が、日本にはよく当てはまるとされています。興味のあるひとはぜひ一読されてみてください。
 
 一方、「社会」を個々人の行為が結びつき合って形成しているものと考える立場ではなく、この立場とは違った見方もできます。それは縦横無尽の行為のネットワークをひとつのかたまり(システム)として考える立場がそれです。情報の受発信のさまざまな過程を備えたマスメディアもひとつのシステムとして見ることができますから、マスメディアの影響を受けた「社会」というシステムが、どのように変化していくのか。先の行為から考える立場とは違って、システムとシステムとの軋轢を考察することができるのが、「社会」をシステムとして考える立場の長所です。
 
 個々の人間の行為(ときには感情)に注目するあまり見落としてしまう観点があります。それは、わたしたちの「社会」がマスメディアというシステムなくしては成立し難い局面にまで到達しているということです。これはマスメディアだけでなく、経済システムがあったり、教育システムがあったり、官僚システムがあったりします。つまり人間が作り出す「人工システム」をつぎからつぎへと作り続け働かせ続けなければ、いまのわたしたちの「社会」は立ちゆかなくなっているのです。こうした現状をこの観点からは把握することができます。
 
 こういう「社会」を考える観点からも、広告やPRについて考えてみてください。
 
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 ブログからネット社会の抱える問題点を考えてみました。参考にした本はダン・ギルモアの『ブログ 世界を変える個人メディア』(朝日新聞社)でした。巨大マスメディアだけが発信する情報・ニュースは加工されていたり、操作されていたりする可能性が高いから、ブログを通して個人がニュースの発信源になれば、巨大マスメディアでは配信されない事実が情報として流れていくのではないか――という内容でした。
 
 ブログからも、いまの「公衆」のあり方を探ることができます。
 
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 広告、PRにおける写真の影響力を考えてみましょう。
 
 まず「写真」ですが、これはわたしたちの目の前にある対象(事実)を写し出したものなのでしょうか。写真を撮る人、カメラ、写す対象、写し出されプリントされた写真――この4つを考えてみてください。まず写真を撮る人は目の前にある対象をカメラを通して写しています。できあがった写真は、撮る前に直接自分の目でも確認した対象を切り取った風景が写し出されてたものです。それでは、さらに写し出された写真に、その風景・対象についての説明書き(キャプション)が添えられているとどうなるでしょうか。
 
 写真とは対象・事実を、カメラという道具を使って写し出したものです。先も述べた通り、わたしたちの目の前に広がっているある風景を鮮明に切り取ったもので、それはわたしたちの視野のごく一部であったり、それを拡大したものであったりします。しかしその写真を、そこで写された風景を見たことのない人に提示するや、それがまったくの事実であると受け取られることが起こります。つまり写真は「事実を模倣」しているものなのであり、そしてあたかもそれがリアリティであるかのように作ることができるものなのです。
 
 写真が記事とともにメディアにのって多数の人々の目に晒されると、写したものをあたかも事実であるかのように公表することのできる特性はますます高まります。この特性をさらに強調するのがキャプションです。
 
 『PR!』から、この写真の効果について興味深い部分を解説することにしましょう。アメリカの社会全体が広告(PR)に踊らされ消費に邁進していった時期と、写真に効果的なキャプションをつけて人々に「いま目の前で起こっているのだ」と効果的に社会問題を訴える活動家が登場してきた時期はほぼ重なっています。ルイス・ハインという進歩派の写真家が製紙工場の少女をポスターに起用し、児童労働反対のためのポスターを作成したのが1909年でした。憂いをたたえた少女の写真の下には、このようなキャプションがありました。「この陰鬱な奴隷状態は、抑圧とは何かを悟らせる。人生のはじめに、この若さで、この惨めさで、男たちにまじって格闘するみずからの姿を知ったとき、彼らのうら若い精神にどのような思いがかすめることか。だが彼らが幼い間は逃れる道もかすかにある。ごく小さな隠れ家があれば彼らは救われる。しかし彼らが大人なら、われわれの社会システムの石臼が彼らを捕らえすり潰す」(『PR!』p. 257)。
 
 こうした写真の有効な使い方は、社会問題の主張だけにとどまらず、経済学という学問を補完する視覚的な手段としても利用されました。レックスフォード・タグウェル、ロイ・ストライカー著『アメリカの経済生活とその改善方法』(1925)では、当時のアメリカ社会の問題点を写真とともに、タグウェルとストライカーの視点から追求されています。のどかな田園風景の写真には「孤立した地域――そこは道路も整わず隣人もほとんどいない」、テキサス州で綿花摘みをしている子どもたちの写真には「太陽は熱く、労働時間は長く、袋は重い」、パンの配給を受ける人々の列の写真には「パンを乞うことは、人類史の中で最悪の堕落を意味した。男も女もここにやって来るまでに、この上ない侮辱と恥を受けるにちがいない。ものがあり余っている時代に、場所の数はすくなくなっても、パンの配給を受けるひとの列がいまだに残っている」、メガネをかけスーツにネクタイを締めた白髪の男の写真には「専門的職業手段の一員――仕事がいやになることも、疲労することもない。なおも鋭敏な感覚を持ち機敏な彼は、最も有意義な年齢が始まったばかりだと感じている。一方同じ年齢で賃金労働にたずさわる男女は、これから老後にどんな宿命が待ち受けているのかと戦々兢々と生きている」(『PR!』pp. 341-3)。
 
 わたしたちの社会で数え切れないほどの写真を利用した広告とそのキャプション(CMの場合はナレーションや音楽)は、事実を向こうに回してもあるイメージをわたしたちに植え付けるために存在していることがわかります。こうした効果はさまざまな局面で発揮され、社会生活や人間の精神状態に影響を与えることになります。日常的によくあるこうした効果をみなさんに考えてもらって書いてもらいましたが、もう一度そのほかにどんな事例があるのかを考えてみてください。
 
 広告に写真とキャプションが効果的に用いられた事例については先週お話しした通りです。写真とキャプションによって「あるイメージ」が確立されて社会に蔓延するのは、姿なき広告マンの存在あってこそなのでした。モノを売る・消費させるための広告と同じ原理が、政治という場面でも使用されるようになりました。想像に難くないでしょう。いまの政治家も衆参選挙の前になると各党のイメージ作りをすることに躍起になり、ポスターだけでなくテレビCMもバックミュージックやイメージソングを流しながら、公約よりも政治家の顔や党のイメージを浸透させようとするわけです。わたしたちはその戦略にまんまと引っかかっていないでしょうか。
 
 戦中時代の「オラガービール」の新聞広告などの資料をお配りしました。関取を使って、パンチのあるビールのイメージを植えつけるその手法は、いまも変わりはないのではないでしょうか。
 
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 広告に写真とキャプションが効果的に用いられた事例については、これまでお話しした通りです。写真とキャプションによって「あるイメージ」が確立されて社会に蔓延するのは、姿なき広告マンの存在あってこそなのでした。モノを売る・消費させるための広告と同じ原理が、政治という場面でも使用されるようになりました。想像に難くないでしょう。いまの政治家も衆参選挙の前になると各党のイメージ作りをすることに躍起になり、ポスターだけでなくテレビCMもバックミュージックやイメージソングを流しながら、公約よりも政治家の顔や党のイメージを浸透させようとするわけです。わたしたちはその戦略にまんまと引っかかっていないでしょうか。
 
 『PR!』でも政治と広告の関係についての紙幅が相当割かれていますが、アメリカで映像や写真を効果的に用いた政治家として名高いのが、フランクリン・D・ルーズベルト大統領(FDR)です。大恐慌後にニューディール政策を果敢に推し進めた政治家として知られているFDRですが、39歳でポリオに見舞われて以来、両足が完全に麻痺した状態で車イス生活を余儀なくされてしまっています。車イスに乗った政治家が民衆の心を捉えることができるかどうか。FDRは「事実を作ることのできる」映像や写真をフル活用し、自分自身のイメージを確立しています。1928年にニューヨーク知事選に出馬した際には、歩くことができることを印象づけるために、片方を杖に、もう片方を息子にささえられた状態で、上半身だけを前後に揺り、あたかも歩いているかのような映像を作らせました。また天性の才能から彼は新聞記者と懇意になり、カメラマンが彼の下半身を撮影しないルールを守らせたりもしています。姿の映らないラジオ放送を最大限に活用して、FDRは大統領就任期間に「炉辺談話」という国民に語りかける放送を31回も行って、国民が心から彼の虜になるようし向ける作戦も採っています。
 
 「炉辺談話」では「政治と言葉」の問題を考える必要があります。またその「言葉」を巧みにあやつる政治家自身のカリスマ性も考えなければなりません。ニューディール政策の一環として、ラジオ産業は放送ネットの独自で製作する番組以外に、政府が制作した番組のために多くの時間を提供することをしました。FDRの側近やファーストレディーも番組に登場したりもしましたが、一番の効果は「炉辺談話」だったといいます。聴衆が家族で食卓を囲んでいる風景を思い浮かべながら、親しい友人の一人としてFDRは国民に語りかけています。ただしその内容は、決して簡単なものではありませんでした。しかし、噛んで含めるようにFDRは話し続けています。
 
 「皆さん、わたしは合衆国国民に銀行について、しばらく話をしたいと思う。銀行の仕組みを理解している少数の人間たちにでなく、預金をしたり小切手を引き落としたりするのに銀行を利用する後追う的な多数の皆さんに。わたしはこの数年の間に何が起こったのか、なぜ起こったのか、つぎに何が起こるのかについて話したいと思う。
 まず、皆さんが銀行に預金をすると銀行はその金を金庫の中に保管するわけではないという、単純な事実から話そうと思う。銀行は、皆さんの金を、社債、コマーシャル・ペーパー、抵当貸し付け、その他さまざまな貸付金として投資している。つまり銀行は、皆さんの金を産業や農業の車輪を回すのに投資している。皆さんが銀行に預けた金のうち、わずかな割合の金が通貨として流通するにつぎない。通貨の総額は、平時で一般市民全体が必要とする現金をまかなう程度です。国内に流通する通貨の総額は、国内の銀行全部の預金総額を合わせたもののわずかな割合です。
 銀行が公衆の信用を失ったために、銀行預金を通貨や金に換えようと多くのひとびとが銀行に出かけた。この数があまりに大規模であったため、最も余裕があった銀行でも要求を満たすだけの通貨を確保することができなかった。....三月三日の午後、すなわち先週の金曜日には、国中で開いている銀行はまたくなくなったのです。
 政府は金融システムを再生させる機構を準備した。....この機構を働かせるかどうかは皆さんの支援しだいです。それを機能させられるかどうかについて、わたし自身と皆さんとは同じ重要度を持っている。皆さんとわたしが協力すれば、達成できるのです」
 
 1933年の2月と3月に国中の銀行がドミノ倒しのように崩壊したできごとも解説しています。FDRにとって国民は「公衆」であったことは間違い有りません。ラジオによって結びつけられていたのは事実でしたから。しかし、彼にとって「群衆」と「公衆」は、「ひとびと」という呼びかけのもとで一体化していました。この一体化を区別する必要はなかったようです。
 
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 第一次世界大戦直後に実践された、現代社会でも十分通用している広告戦略、世論操作の方法の出発点をみていくことにしましょう。
 
 1人の鍵となる人物が登場してきます。エドワード・バーネーズ。もともとはジャーナリスト、のちに米国の広告業界で屈指の威力を発揮する広告エージェントとなった人です。
 
 バーネーズが大きく関わったふたつの広告(PR)戦略をみていきましょう。ひとつは、身体、健康、公衆衛生――これらと演劇宣伝とを見事に結びつけたPR方法です。彼は大学卒業後、『メディカル・レビュー・オブ・レビューズ』と『栄養・衛生雑誌』という医学雑誌の編集者でした。この編集者時代に、ひとつの演劇とめぐりあいます。フランスの劇作家ユージン・ブリオーの演劇「きずもの」です。この舞台の内容は、医者の忠告にそむいて結婚し、のちに梅毒に感染した子供を産むという若い梅毒患者の物語で、いわば公衆衛生教育を支援する劇作家側の立場と主張が凝縮されたものでした。しかし、舞台となったヴィクトリア時代も、そして当時の米国も梅毒という性病は口外してはならず、完全な秘密とされるという風潮が人々の間にはありました。
 
 ここでバーネーズはどうしたか。彼はこの演劇が、梅毒という問題を包み隠す沈黙の掟に対する願ってもない解毒剤になると考えたのです。つまり、この演劇を成功へと導く算段が彼の手中にはあったのです。当時の倫理的風潮がこうした問題をあからさまに取り扱うことに消極的だという、この欠点を逆手に取ることを試みたのです。まず、彼は「きずもの」を称賛する医者の力を借りて記事を公刊します。つぎに、この演劇のプロデューサーに連絡して、自らの医学雑誌で講演したいと申し出ます。それから、彼は医学雑誌の編集者という匿名で新たな組織を設立し、性病についての公共教育の促進を行います。このとき「きずもの」には一切触れません。そして、この組織を通じて、上流階級にこの委員会に参加し寄付することで、彼らが公衆衛生や性教育についての教育キャンペーンに関わっているのだという社会的な意識をもたせます。こうした試みの裏側で、バーネーズの手元には金が余る上流社会のネットワークが構築されました。
 
 こうしたバーネーズのPRの結果、演劇「きずもの」は従来の倫理観を備えた批評家たちには辛口の否定的な評判を受けたにもかかわらず、社会の中で公衆衛生キャンペーンを上流社会を中心にして巻き起こっている時流と合わせて、報道関係からは熱狂的な取材を受けることになり、めぐりめぐって「きずもの」は成功することになったのです。
 
 もうひとつのバーネーズのPR戦略は、彼がPRについて話すときによく取り上げられていた事例から明らかになります。精肉業者がベーコンの売れ行きをアップするための新聞広告には、どんなものがあるか。既存の古いスタイルでは新聞の「全ページ広告」で「もっと多くベーコンを食べよう」と消費者に訴えかけるのが一般的なパターンでした。すなわち「ベーコンはやすく、質がよく、エネルギーに富んでいる。だからもっとベーコンを食べよう」というわけです。しかし、これでは最小限の効果しか見込めないとバーネーズはみていました。
 
 それではどのようなPRをすればベーコンがもっと爆発的に売れるのか。ベーコンをいますぐ購入する消費者にならずとも、いつかそのうち購入したくなる気にさせられた潜在的な消費者を増やすにはどうすればいいのか。ここで「民衆の食習慣に影響を及ぼすのは、誰だろうか」と広告業者は考えなければならない、とバーネーズは言います。さて、答えは?。答えは「医者」であるのは明らかだと彼は説きます。多くの人間が医者のアドバイスには従うのだから、それを逆手に利用して広告マンは「医者に、ベーコンを食べるのは健康によいと公言させる」ように説得しなければならない、とバーネーズは説いたのです。
 
 演劇公演のチラシをみてみると、その物語の内容に関係する企業が協賛しているのはなぜか。「身体にいい」と医者や専門家に口添えさせるテレビ番組が多いのはなぜか。現代でもいまだ有効なPR術として用いられている方法を、バーネーズはすでに半世紀以上も前に編み出していたのです。
 
 このバーネーズの手法は、いまの時代でも十分に通用していることがわかります。お昼や夕方の情報番組で医者や専門家が「○○は身体にいい」と一言しゃべるものならば、スーパーでその品物が売り切れになってしまうぐらいですから。
 
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 今日読んで考えていただいたのは、平成15年に発覚した日本テレビの視聴率操作事件に関する、日本テレビHPに掲載された事件の調査報告書です。現時点日本テレビのHPにこの報告書は載っていませんが、詳細に事件の裏側にある金の流れが記されています。視聴率の高い低いによって、わたしたちはテレビ番組を見るのを操られているでしょうか。たとえ「そんなことはない」といっても、視聴率の高低によってスポットに入るCMの広告料が異なり、それを見て新製品のスナック菓子を「買おうかな」と思ってしまうのならば、結局CM料が組み込まれた商品を買うことになって、めぐりめぐって視聴率の高低に揺るがされてしまっていることになっているのではないでしょうか。CMは気をつけて見てみると、ゴールデンタイムの視聴率を稼ぎ出す番組のCMと深夜番組の視聴率がイマイチの番組のCMでは、まったく違うことがわかります。テレビもいろいろ考えながら見ていると、興味深いものです。
 
 深夜番組の、あまり視聴率を稼がなかった番組の視聴率操作であっても、ほんの数パーセントの違いがCMのスポット料の違いにつながり、わたしたちがたびたび目にするCMの頻度にもつながっていく――ということを考えれば、この事件はわたしたちと無縁ではないことがわかります。
 
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 マスコミの公平性を考えてみました。その材料は朝日新聞で2005年9月15日付に特集されていた「信頼される報道のために」でした。総選挙をめぐる新党結成の動きのなかで、28歳の長野総局の記者が、取材していないにもかかわらず虚偽のメモを作り、デスクの目も通過して、それにもとづく記事が掲載されてしまっていました。事件の顛末を読んでいったわけですが、簡単に虚偽を記事化できてしまうマスコミのシステムの実態と、わたしたちが当たり前のように目にしたり耳にしたりする記事やニュースの信憑性や公平性の危うさをつかみ取ってもらえればと思います。
 
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 NHKの受信料の税金化についての記事と、誘拐事件の際の報道協定についての記事から、マスメディアについて考えてみました。特に、報道協定にかんする記事では、マスメディアが報道協定を結んでいても、ネットに誘拐報道についての憶測などが流れていた書かれていました。以前お話ししたブログの将来性とはまったく逆の、ネットの危険性がそこにはあることがわかります。