1998年度のものです。この諸君は2000年3月に卒業しました。参考のためしばらく残します。(2000年4月)

2000年度に、メール以外に掲示する必要が起きればここに掲載しますので、時々のぞいて見て下さい。

  今年度はここに結果を追加していきます。とくに演習2諸君は注目。ルールは昨年同様です。

原文(1998)はここ


11月28日

 平野のコメント:
1) 今回のものは、英語としては実に平易そのものだが、背景の歴史を知らないとまったくお手上げになる、という典型的な例です。
    英語が問題なのではない。あらゆることへの教養が問題なのだ、という好例です。

2) 松本剛典、佐々木 良、関根 良、小栗加恵、小田部馨の5君がこの基準をほぼ満たしていました。

3) これらの諸君のどれかを若干修正して出そうかと考えたのですが、ある事情から今回も断念します。
    演習外の諸君がこれを「比較文化論」の参考事項として閲覧される可能性があるためです。再びぼく自身のものを掲載します。次回は諸君のだれかのものを掲載しますので、今回は許して下さい。

    バートランド・ラッセル:
    『神の国』には、本質的に独創的なものは何も含まれていない。終末論はユダヤ教起源のものであり、「黙示録」を通してキリスト教に入ったものだ。恩寵予定説と選良思想はパウロのものであり、アウグスティヌスは「使徒書簡」にすでにあるものを拡張し論理的に発展させただけだ。神聖な歴史と世俗の歴史を区別する思想は、すでに『旧約聖書』の中に明確に書かれている。アウグスティヌスがしたことは、これらの要素を寄せ集めて彼の時代の歴史に合わせて叙述し、キリスト教徒が、西ローマ帝国の滅亡とこれに随伴する混乱にあたって、大きな信仰上の試練を受けることなく時代に同化できるようにしただけだ。
    過去と未来に関するユダヤ教の歴史観は、いつの時代にも抑圧されたもの、不幸なものに強い訴求力を持つ類のものだ。アウグスティヌスはこの歴史観をキリスト教に応用し、マルクスは社会主義に応用した。だからマルクスを理解したかったら、つぎの辞書を使うとよい。  

ヤーヴェ = 弁証法的唯物論
 メシア = マルクス
 選良 = プロレタリアート
 教会 = 共産党
 キリスト再臨 = 革命
 地獄 = 資本家への罰
 千年王国 = 共産主義社会

    左側の語が右側の語の情緒的内容である。この情緒的内容は、キリスト教やユダヤ教の教育を受けた人にとっては馴染み深いものであり、このことがマルクスの終末論をまことしやかにしている。

11月9日

 平野のコメント:
1) 今回の中で優れていたのは神谷有輝君でした。彼と同じほど優れていたのは小栗加恵、串原友和、酒井啓介、関根健志、関根 良、松本剛典の六君でした。中でも小栗加恵君の文章は切れ味のよい名文でした。
 2) ただ、最近メールの中でしばしば目標として諸君に表明している「完璧」なものはありませんでした。下にぼくのものを載せますが、この中で色を変えてある場所は一般に誤解が多かった部分です。
 3) 完璧な人がいなかった大きな理由は、この場面で何が行われているか把握しきれなかった人が多かったことにあります。これは湾岸戦争時のスパイ戦が背景です。(日本が平和すぎるのだろうか。)フォーサイスを知らない人が多いということも驚きでした。(これなら年号を伏せる必要がなかった。)
 4) ただしこの結果よく分かったことがあります。内田亮司君は何をやっているか全く想像がつかなかったとメールの中で言っていますが、にもかかわらず彼のものはかなり高い水準でよい文章でした。力でねじ伏せた、ということです。極論すると、彼の程度の翻訳で、我々は市販のベストセラー本を読まされている可能性があるということです。
5) 諸君の水準は全体として昨年に比べると確実に高くなっています。ますます「完璧」を目指すべきだと強く思います。

********
    フレデリック・フォーサイス(原典は"The Fist of God"です):
    教会に入るとレイラは立ち止まり扉の近くに灯っている何百という蝋燭の中に自分の蝋燭を灯し、こうべを垂れながら本堂の向こうにある懺悔室に進んだ。黒い僧衣の神父とすれ違ったが神父は彼女に注目しなかった。
    いつも同じ懺悔室だった。黒い衣装の別の女性が、自分よりきっと月並みにちがいない罪の告白を聞いてくれる神父を捜しているのをかいくぐり、押しのけながら、彼女は時間通り懺悔室に入った。
    レイラは背後の扉を閉め、向きなおって懺悔の席に座った。右側に稲妻模様の格子があった。その向こうに衣擦れが聞こえた。彼が来たのだ。彼はいつも指定時間通りそこに来た。
    誰なのだろう、と彼女に疑問がわいた。なぜ彼は自分が持ってくる情報に気前よく金を払ってくれるのだろう。外国人じゃない。彼のアラビア語は外国人にしては良すぎた。バクダッドに生まれバグダッドに育った人のアラビア語だ。それに彼のくれる金額も良かった。良すぎるほどだ。
    「レイラ?」、とつぶやくような、低い単調な声が聞こえた。彼女はいつも彼の後に来て、先に帰ることになっていた。彼はレイラに、自分を見ようと探してはならない、と警告していた。そんなことはするつもりもなかった。ケマルが後ろから覗いているのだ。あのうすのろが何かを見て主人に告げ口をするかもしれないというのに。これは彼女の命にかかわる命令だった。
    「名乗って下さい」。
    「神父様、私は肉体の罪を犯し、救っていただく値打ちさえありません」。
    この合い言葉を作ったのは彼だ。他の誰もこんな言い方はしないはずだから。
    「何を持って来ました?」。
    彼女は両脚の付け根に手をやり、ブルーマーをかき分けて彼から何週間か前に受け取った偽のタンポンを取り出した。一方の端を回して開けた。中空になった容器から鉛筆ほどのチューブに巻いた巻紙を取り出した。レイラはそれを格子越しに渡した。

10月25日

 ロバート・ベラー他。1991
 デューイのデモクラシーに対する傾倒は、教育に対する傾倒によってはじめて可能になるものであった。実際、彼にとってはこの二つは不可分に結びつくものだった。教育を受けた市民、それも単に知識を獲得するだけでなく社会生活に参加する能力を授けられた市民がいてはじめて、デモクラシーは可能になるとされた。一九三二年、世界大恐慌が米国国内や世界の各地で何百万人という人々を苦しめていたことへの反応として、ラインホルト・ニーブール(レイノルド・ニーバー)は『道徳的人間と非道徳的社会』を出版し、この時代に跋扈していた宗教的、非宗教的なリベラリズムに怒りと疑問を投げかけ、また社会に暗黒の側面があることを人々に知らしめた。この本の導入部には、ジョン・デューイに対する刺すような批判が見られる。ニーブールはデューイを指して「私たちの社会の困難は社会科学が技術文明を生み出した自然科学と歩調を合わせて進歩しなかったせいであると想定している。このような想定はつねに、わずかの時間とわずかの適切な道徳的哲学的教育があり、ひろく人間の知性が進歩しさえすれば、私たちの社会の問題は解決に向かうと考えている」と非難した。ニーブールはこのような立場が結局問題の回避にすぎず非現実的だと指摘した。彼は、気位ばかり高いが無関心な知性は、現実に起きている問題に直面することができないとしたのである。

9月30日

 今回のものはこれまでの2年間で一番難しかったかも知れません。1) 内容が正確に取れていること。その上、2) 日本語で読んでも可笑しいこと。この2つの条件を同時に満たす必要があるからです。これができれば名手と言えます。

 これに対する送信メールは、これまでのパターンと大きく異なっていました。松本剛典、関根 良、小栗加恵、柴田 極、佐々木 良、神谷有輝、酒井敬介、横谷龍一、串原友和、その他毎回優勝を争う常連(?)の諸君が軒並み不振だったこと、その代わりに和田正也、清水健一などのいつも不振組(ごめんなさい)が急に精彩を放っていたことです。

 理由を乱暴に表現すると、前者の諸君のは内容が正しいが可笑しくないか、酒場の雰囲気に不案内で誤解していたのに対して、後者の諸君のものがとにかく可笑しさの点で勝っていたからです。天はなかなか二物を与えてくれないものですね。後者に属する中でも飛び抜け、とてもしらふで書いたとは思えない前衛詩のような逸品が磯部厚兵君のもので、特に収録しておきます。原文と関係あるとは「当局は一切保証しません」が、表現にどことなくロートレアモン風の怪異な捨てがたい味があるので、各人の責任でどうぞご鑑賞下さい。

 というわけで今回は諸君のものではなくぼくの文章で代理します。なお日本における「成人教育向上のため」という趣旨で作者に了解を得るメールを出したところ、作者はサッポロドラフトを愛好しているとのことでした。どんなビールか、ぼくは飲まないので知りませんが。重ねて、たばこの吸い殻がまだ米国にあるのですかと尋ねたところ、最近ばかげた人間が多くなってたばこが吸えなくなりなげかわしいとのことでした。

   <ビール飲み1問1答>

症状「ビールが妙に薄くて味がないんですが...」
診断「グラスがもう空です」
対策「もう一杯奢ってくれる人を見つけなさい」

症状「反対側の壁で蛍光灯が光り出したんですが...」
診断「仰向けにノビています」
対策「つぎからバーの方に倒れなさい」

症状「口にたばこの吸い殻が詰まってるのですが...」
診断「前向きにノビたからです」
対策「上を参考になさい」

症状「ビールの味がせずシャツの前が濡れるんですが...」
診断「口が開いていない。または口でないところで飲もうとしたからです」
対策「トイレに行って鏡で練習なさい」

症状「足が濡れて冷たいです...」
診断「グラスの口が横を向いているのです」
対策「グラスを回して口が天井を向くようになさい」

症状「足が濡れて暖かいです...」
診断「膀胱から漏れたのです」
対策「手近の犬の所に行き犬のせいにしなさい」

症状「床がぼやけて見えるんです...」
診断「空のグラスの底から床を見るからです」
対策「誰かにもう一杯奢ってもらいなさい」

症状「床が動くのです...」
診断「外に担ぎ出されているからです」
対策「行き先がバーかどうか確かめておきなさい」

症状「部屋が変に暗いのです...」
診断「バーが終ったからです」
対策「自宅番地をバーテンに教わりなさい」

症状「タクシーが急に派手な形と色になりました...」
診断「飲み過ぎたのです」
対策「急いで手で口を押えなさい」

6月26日

  ヴァン・ワイゲル 1995
 「人間のうぬぼれた認識が引き起こす大きな誤りに、動物の生活には何の目的もないと考える習慣がある。私達はよく、目的とか目的を持って生きるということが自覚という理性の形と切り離して存在するはずがないと思っている。イマニュエル・カントは講義の中で学生達に「動物に関する限り、我々に直接の義務はない。動物には自己意識がなく、単に目的への手段としてのみ存在する。その目的とは人間である。」と言った。私達のほとんどが動物に触れる直接経験は家庭のペットを通じてであるため、動物は単に食べて寝るだけの存在で真の生きる目的など持っていない、という認識が余計に助長される。
 現代の工場方式の家畜飼育は、私たちが動物王国の中に目的があることを無視していることの憂鬱な証拠である。もし私達が動物は動物の目的を持って生きていると本当に信じているなら、暗闇で狭苦しい金属の檻や、身動きがとれないほど小さな仕切り小屋に動物を押し入れ、単に人間の消費のためだけに飼育するといった方法は、とうてい正当化され得ないだろう。もし私達が動物が目的を持って生きていると認識していたなら、私達の考え方は大きく変化していただろう。確かに、動物が生まれつきの習性に従って奮闘しているところを直接観察し、子供を守り育て、巣を作り、食を見つけ、捕食動物の攻撃をかわす働きを理解したなら、動物が目的を持つということに関する私達の認識はおおいに変わっていたに違いない」。(小栗加恵訳)

 今回優秀だったのは他に柴田 極、松本剛典、関根 良、佐々木 良などの諸君(順不同)です。中で小栗君のものが過去形で書いてある(いわゆる仮定法)筆者の気持ちが最もよく取れていました。

 今回は内容も文体も易しくて悪かったかなと思いながら待っていたのですが、その割には不作でした。夏休み前でサークルが一斉に忙しいのか(もちろんこんなことは理由になりません)とか、平易すぎるからきっともっと難しいのじゃないかと裏読みしたのかとか、パリの岡田監督のように気がもめました。

 もちろん昨年よりはるかに高いところに水準を引き上げて、ということですが。だが諸君、予選リーグ進出は目標にならないよ。決勝トーナメントを目標にしようよ。

 松本剛典君が気づいたように、この出典は「Earth Cancer」という本です。「地球の癌」とは人間のこと。グルメしてダイエットしてエステしてれば、そういわれても仕方がないね。癌細胞の異常なところは、健康な細胞をことごとく食い尽くすことですね。

 夏休み以前はこれで一旦終わりとします。全員前期をよくやったと感じます。昨年に比べてぼくも驚いています。前期試験の注意のため近日中(3日か10日)に一度教室に全員集まってもらうつもりです。詳細はメールで連絡しますが、気を引きしめて下さい。
 (なお、すでに2回以上不提出だった人はルール通り単位を認定しません。そのつもりで。)

06/12分回答

 「セントローレンス水路によってダルースが大西洋の最西端の港になる以前は、人々はこの都市のことを、まるでオールドミスの女性がベッドの中で男性を求めているかのように大西洋に恋い焦がれている都市だとよく言っていたものだ。一年の1/4は20mile沖まで一面氷の張るスペリオル湖岸が多少ネックになるが、今日ではダルースは大西洋につながり、その住民の中にはここを新しいシカゴにすることを夢見ている人もいる」。
(松本剛典訳)。

 今回はこの松本君の作品が飛び抜けて優秀でした。そっくりそのまま載録します。他に佐々木良、関根良の2君のものがそれに次ぐ出来映えでした。

 この文、多少人情に通じていないと理解できないところがあるのか、出来と不出来の差が大きかったです。人情に通じることは社学の学生の最重要条件なので、さまざまに努力して洞察力を養って下さい。
 ミネソタ州ダルースはボブ・ディランの郷里であったと記憶します。
 ミネソタ州は、蒲の穂波の間から雁が空に飛び出す素敵な田舎の州ですが、五大湖から大西洋につながり南はミシシッピ川の水路を望んで発展しそうとなると、人心も背伸びがちになるのですね。それに対する揶揄が混じった文章です。

 著者の Least Heat-Moon という姓が現地語で何を意味するのかいまだに見当がつきません。どなたかお分かりの人がいたらお教え下さい。この本はスタインベックの『チャーリーとの旅』やケルーアックの『路上にて』などと同じような精神を共有する、八〇年代の優れた紀行文です。

05/18分回答

 「仲間を重んじ、誠実であり、従順であり、勇気と思いやりを持つ。こうした精神に溢れていつでも仲間同士助け合い、同胞の利益のために自分を犠牲にすることを厭わない成員の数が多ければ多いほど、その部族はほかのどの部族よりも生存に勝利する可能性が高いだろう。これもまた自然淘汰といえるはずである」(平野試訳)。

  この回の回答でずば抜けて優秀だったのは、神谷有輝君、酒井敬介君、横谷龍一君の三君でした。いずれも風格さえある文章でした。この諸君の文章を直接掲載したいところですが、残念ながら今回は割愛します。この三君はじめ数名の諸君が、昨年に比べて確実に的確で流麗な文章力を身につけていることがわかります。
 履修要綱で述べたとおり、短い文章の方がニュアンスを正確に書き表すことが難しいのです。そのために必要なことは、1)原文の言葉の細部も耳を澄ませて読むこと、2)どのような人がどのような背景からそういっているのかに的確な想像力をはたらかせること、3)必要で(また可能な)場合はその人の全体像を予備知識として調べること、などです。
 チャールズ・ダーウインは名作『種の起源』の著者です。この文章では自然淘汰という考えは種だけでなく種の中の群にも適用できるはずだ、と主張しています。こちらの方の研究は種に関する進化論に比べて最近までさほど進みませんでした。しかし1990年代になって何人かの生物学者や人類学者が人間の集団的徳性も自然の中のサバイバルという見地から解明する必要があると主張し、その方法を提案しています。経済至上主義に対する反省でしょう。始まったばかりでまだ未熟な研究方針ですが、故井上民二さんの複数種にまたがる「共進化」の概念などとともに、注目すべきものです。

05/06分回答


 今回完璧な回答はなかったのですが、優秀なものはかなりありました。
 酒井敬介君、横谷龍一君、柴田極君、小栗加恵君などのものが練られたよい回答でした。中でももっとも優秀な文章
で書かれていたのは田代之敬君のものでした。
 また関根健志君はお兄さんがコンピュータエンジニアとかで「兄に聞くという裏技もあったのだが自分のためにならないから
しなかった」と書き加えていました。この潔い精神は、当然のことながら美しいものと敬服しました。
 さらに牧野大志君は原文の全訳を作ってくれました。これは努力賞ものです。この全訳は若干修正し最後に掲載します。

 正確な「なぜか」の回答を書くには、二つの側面に関する知識と配慮が必要です。
 1)同じ工程で作られていながら200MHzでしか作動しなかったり233MHzでも作動したりするのはなぜか。
 2)それは分かったとしてなぜメーカーはこのような(セコイ?)区別をするか。

 諸君がBrotherhoodの原文から引用したように、1)のようなことがあるというのはたしかに基本です。ただし、欲をい
うとこのようなことが起きるのはなぜかまで分かれば完璧です。(その問いを自分に聞いてみて下さい。答えられれば2)ま
で飛ばして結構です)。
  説明します。CPUは半導体の巨大集積であるというのは知っているでしょう。この「半」というのは、導体でも絶縁体で
もなく必要なときに電流を通し(導体になる)、必要がないときには通さない(絶縁体になる)という意味です。必要かど
うかは広義のプログラムが命令します。このような素材は通常絶縁体の基板にある種の不純物を注入することによって作り
ます。詳細は技術書を参照して下さい。(分かりやすさのための喩えを用いると)この半導体の中で、ミクロン単位以下の
距離で電極が向かい合っており、それが一〇万個単位で集積している状態を想像して下さい。
 電極間に必要なのに電流が流れなかったり、必要がないのに流れたりすれば、素子としては落第です。a)注入する不純物
が意図通りに一様に混合するとは限らない。b)この極小距離で温度が上昇すれば必要ないのに容易に熱雑音によって電流が
暴走する。とくに後者が大変影響することはBrotherhoodで読んだ通りです。もともと品質テストはこれらのような問題を
チェックするのが主目的です。またa)、b)が上記1)の起きる理由です。

 2)はBrotherhoodには書かれていません。これはいわば市場経済社会の社会的要因に関する問題です。200でも233でも
性能に大差はないが、もし市場でこれらに異なった価格付けが可能だとすると話は変わってきます。まして技術に弱くブラン
ドに敏感(!?)な人間が相手だと、この手で(だますというと言葉が強すぎるかもしれないが)操作するのは簡単です。
消費市場ではこのような経営手だてを「差異化によるマーケティング」などと言います。早い話が「違いが分かる」「差が
付く」気分にさせて売ることです。その結果、日本国内を例に取るとx3とx3.5では(時期にもよりますが)数千円から一万
円以上の価格差が生じます。年間10万個売れると仮定してこれを全部同じ値段で売るのと、そのうち10%を1万円高く売るの
とではいくら売り上げに差が付くか計算して下さい。1億円でしょう。
 この側面はすぐれて大衆消費社会特有の問題ですから、ぼくは事前に参考事項を書きませんでした。2)まで書けて完全な回
答です(とくに社会学部生としては)。オーバークロッキングを勧める気はないですが、Brotherhoodはこの差は結構あほ
らしい問題だよと言っているようにぼくなら逆読みします。
 以上が回答のための解説です。これを前提に各自自分の提出したものを訂正して下さい。(再提出の必要はありません)。

 下記は牧野大志君による全訳です。(心持ち用語に不統一があるのは原文のせいで彼のせいではないです)。
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 オーバークロッキングについて

 「導入と一般知識」
 オーバークロッキングの概念はとてもシンプルです。
 オーバークロッキングとは、(メーカーが)意図しているよりも早い速度であなたのCPUを走らせることです。
 言い換えれば、166MhzのCPUを200Mhzで走らせるようなことをいいます。

 「本当に可能ですか?」
 はい、可能です。
 それを可能にするのは、メーカはCPUを特定の周波数で作動するように製造するわけではないという事実です。
メーカーは、ある周波数範囲で走るであろうという「期待」のもとにCPUを製造するのです。ではCPUメーカーは、
なぜ200MhzのCPUと233MhzのCPUとが違うと言えるのでしょうか? 良い質問です。またその答えこそオーバー
クロッキングの主要な鍵です。

 CPUが製造されると、それらを厳しい温度条件のもとでいくつかの徹底的なテストにかけます。(夏の間に24時
間稼働するサーバー上でも安定して走るかどうか、といったことを確認するためです)。もし、あるCPUがほとん
どのテスト条件で233Mhzの周波数を許容しても、テスト項目の内ただ一つの条件でも満たさなかったら、つぎに
200Mhzでテストします。その結果このスピードでなら上手く走るとなれば、これは200MhzのCPUとされます。
 でも233Mhzで失敗したものをどうやって233Mhzでうまく作動させられるのか、と尋ねたくなるでしょう。
 答えは、CPUの温度にあります。ほとんどの場合、平均的なユーザーはテスト時よりも低い温度でCPUを走らせま
す。それに、いくつかの冷却装置があり、今ではCPUがよりクールに走ることを保証する冷却ソフトウェア(例えば
CPUIdle)などもあります。CPUの周波数はマザーボードの設定を通して選ばれるので、ユーザーがそれを変えるこ
とが可能です。あなたがそのために特別なエキスパートである必要はありません。

 「わかりました。ではどうすればオーバークロッキングクができますか?」
 CPUをオーバークロックさせるためにしなければならないことはマザーボードのマニュアルを手に入れ、CPU周波
数のジャンパーの設定を変えることだけです。周波数は、二つの要素によって構成されます。内部クロックスピード
と外部の倍率です。通常の内部クロックスピードは、50,55,60,66,75,83MHZです。(全部のマザーボードがこれ
らすべてのバススピードをもっているわけではない事に注意して下さい)。またいくつかの新しいボードには90、
100Mhzが付け加えられています。最終的な周波数は、このクロックにx1.5,x2,x2.5,x3,x3.5のような倍率が加
わることによって達成されます。(もっとよく使われる高い倍率もあります)。
 例えば、200MhzのCPUは66x3ということです。

 50x3でも75x2でも150Mhzですから、同じ周波数でも異なった組み合わせがあることにすでに気づいたでしょう。
ではあなたはどちらを選べばよいでしょうか? 忘れてならないことは、CPUの内部クロック周波数の方がはるかに
大きな影響をCPUのパフォーマンスに及ぼすことです。マザーボードのパフォーマンスにも同じくらい大きく影響し
ます。内部周波数が高いもののほうが、トータルの周波数が高いものよりもたいてい良いパフォーマンスを示します。
例えば、75x2.5(すなわち、187.5Mhz)のCPUは多くの場合66x3(すなわち、200Mhz)のものよりもパフォーマン
スが優れています。これは、あなたがオーバークロッキングをする際に忘れてはならないとても重要なことです。
なぜなら、内部周波数を最大にし、外部倍率を最小にする方がより良くなることが多いからです。内部周波数を減ら
すオーバークロックで実際上よいパフォーマンスをえることはほとんどないということ留意してください。例えば、
66x2を50x3にするオーバークロックは良くありません。前者の内部周波数のほうがより速いため、後者はそれに
比べてかなりのパフォーマンスを失うからです。

 オーバークロッキングそのものに戻ると、CPUをオーバークロックするためにしなければならないことは、倍率
と内部クロックスピードをジャンパーで異なった組み合わせに変えることだけです。CPU周波数の設定が187.5Mhz
や225Mhzのように奇妙な数になることについては、特に害はないため心配いりません。わずかにオーバークロック
することから始めてCPU周波数をゆっくり増やしていくことをお勧めます。

 オーバークロックを成功させ安定性を上げるために、CPUの電圧をすこし上げなければならないことがあります。
(2.9Vから3.2Vに、のように)。それもマザーボード上の電圧のジャンパー設定を切り替えることによってできます。
CPUの電圧を変えることについては心配する必要ありません。なぜなら、普通マザーボードで設定できる電圧範囲は
全てCPUの許容範囲内にあるからです。ただし、電圧を増加させれば熱の発生も多くなることを忘れないでください。
だから、充分冷却することをお勧めします。

 「オーバークロッキングは危険ですか?」
 多くの人が最も知りたがることですが、答えはNoです。
 オーバークロッキングは危険ではありません。極端なこと(例えば6x86のPentium 200を100x3にし、3.5Vで
冷却装置なしに走らせようとするなど)をしない限り、オーバークロックの試みによってCPUを傷めることはありま
せん。

 「オーバークロックにはどんな副作用がありますか?」
 起こりうる最悪のことは、試みた設定でCPUが作動しなくなり元の設定に戻さなくてはならないだけです。正確に
はオーバークロッキングの副作用はあと二つあります。
 1)システムが不安定になる場合がある。オーバークロックがうまくいかなかった時(例えばある特定周波数のオー
バークロッキングが成功しなかったとき)は、システムが不安定になります。ただしこれにははっきりした症状がす
ぐ表れるのでそれほど心配すべき事ではないかもしれません。確実にオーバークロッキングが成功したかどうか確か
めるには、長い時間(24時間など)コンピュータを点けておき、ちゃんと動いているかを確認してください。ただし
コンピュータでこれから重要な仕事をしようという時に同時にオーバークロックをするのは避けた方がよいでしょう。
予期しないロックアップやそれに近いことが起きるとこまるからです。ファイルを破損するというようなことはあり
ませんが。
 2)より高い周波数で走らせることによって生じるより高い温度のため、CPUの寿命を縮めることになります。とは
いっても、例えば21年保つものが17年になるといった次元のことです。あなたが同じCPUを21年も、いや17年でさえ
も、使うかどうかかなり疑わしいですが。

「最後にいくつかアドバイスがあれば聞かせて下さい」
 クーリングが常にCPUの成功の鍵ということを忘れないでください。より低い温度でCPUを走らせるほど、オーバー
クロック成功の可能性が増します。CPUの冷却については、このサイトの中の温度に関するセクションでさらに詳しく
チェックしてください。また、あなたにとってベストなオーバークロックを知るために個々のCPUに関するオーバーク
ロックに関するページも参照することをお勧めします。

演習生諸君への掲示(1997年度)
->| 演習1演習2演習3 <-

演習1諸君へ
  • 今日までに期限が過ぎたものに回答を示します。各自にメールで送信したものと若干変えてる場合がります。
  • 今後は原文そのものをこの中に掲載する方式に移行します。このページに頻繁にアクセスして下さい。
  • またその態勢に移行した場合、ここに私のまたは諸君の中の優秀な回答が掲示されて以後の送信は自動的に失格とします。 
  • サミュエル・バトラー
    「民衆は、肉を買ったりミルクを搾ったりするように世論を買う。その方が牛を丸ごと飼うより安上がりということらしい。たしかに安上がりかもしれないが、そんなミルクは水で薄めてあるはずだ」。

    ハーバート・スペンサー
    「共和制は最高の政体である。それ故にこそこの政体は最高の人間性を持つ国民を要求するのである。だがそのような人間性は、今現在どの土地にも存在していない」。

    バートランド・ラッセル
    「言語について考えるだけで世界について考えようとしない言語哲学は、振り子のない時計の方が好きだといった少年に似ている。振り子のない時計はチクタク陽気に動いて面白いかもしれないが、時間を示すには何の役にも立たない代物だ」。

     フランク・ロイド・ライト
     「医者はミスをしてもうやむやにしてしまえますが、建築家がミスをしたときは客にツタを植えなさいとすすめること位しかできません。ですから、建築家は自分の家からなるべく遠くに離して最初のビルを建てた方がいいのです」。
     

     ヘンリー・D・ソロー
     「私が村の菜園を耕していた時、スズメが私の肩にとまったことがあった。その時私は勲章を身につけることが出来ることよりも、この境遇の方がずっとすばらしいと思えた」。

    (この文章は串原友和君によるものです)。

     バートランド・ラッセル
     「思うに、哲学者達の基準になっている因果律の法則は過去の名残であるが、ただ誤って害を与えることはないと考えられているというだけで君主政治のように生き残っているのである」。

    (この文章は酒井啓介君によるものです)。

     「因果律は哲学者達の間で認められてはいるが、君主制と同じ様に過去の遺物であり、それが無害だという認識は誤っている」。

    (この文章は関根 良君によるものです)。

     スチュアート・ユーエン
     「メディアを通じた世論操作装置がわれわれの目標にたいして有害となり、民衆の自己啓発の中枢がいかがわしい観念の堆積によって汚染されつつある場合はつねに、こうした世論操作装置を改変もしくは廃絶し、民衆による新しい討議の場の創造を通じて、われわれが世界の全体像を日々受け取っている精神的環境を改造することが民衆の権利であること」。

    (この文章は番号順に串原友和、柴田 極、小栗加恵、水野修一、関根 良の諸君の文章を統合したものです。
    これらは達意のよい文章でした。なおメールで述べた通り原文は Thomas Jefferson の筆に従ったものです)。


     演習1の次回分は下の「原 文...」というリンクを見て下さい。(写すときはコピー&ペーストをすると簡単で正確です)。
     期限は12月15日まで、とします。(添付ファイルにはしないで下さい)。
     これで今年度は終わりにします。12月19日(12月17日は間違いでした。すみません)は、出来るだけ教室に集まりましょう。各自後期試験の準備に入るでしょうし、1月のこともあるのでそれらについて簡単に話します。
     今年度のメール往復は全部終了しました。全員定期試験に向けてご健闘下さい。
     用のある人は(用のない人も)今後は随時研究室に来て下さい。メールも歓迎します。
     ゼミ連絡のホームページへの移行速度を少し早めました。今後ともぼくのサイトをメール同様充分注意して下さい。

     原文はここ


  • 以上につき重ねて意見や質問がればメールを書いて下さい。この場合は振り分け用記号を指定しません。  
  • 演習2諸君へ
     次回は前回の継続部分です。
    『青木周蔵自伝』 p.297、5行目冒頭から、p301、2行目終わり「浩歎々々」まで。引き続き青木の国際経略を示す部分です。
     期限は、12月10日(水曜日)までとします。自動振り分け用記号を必ず付けて下さい。また、添付ファイルにはしないよう特にご注意ください。
     今年度はこれで終了します。後期試験、休暇中のこと、1月早々のこと、などを話しますので、12月17日(12月19日は間違いでした。すみません)はできるだけ教室に集まりましょう。
    今年度のメール往復は全部終了しました。全員定期試験に向けてご健闘下さい。
    用のある人は(用のない人も)今後は随時研究室に来て下さい。メールも歓迎します。
    ゼミ連絡のホームページへの移行速度を少し早めました。今後ともぼくのサイトをメール同様充分注意して下さい。


    演習3諸君へ
     現在のところ特にありません。卒論を早めに完成して下さい。途中困ったことがあれば随時研究室または教室に来て下さい。ご健闘を祈ります。


    平野秀秋: hhirano@mt.tama.hosei.ac.jp
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