*旧演習2の諸君がサイト内にある Herbert Spencer; Personal Beauty; 1854 を完訳し4年生になりました。
*また、旧演習1の諸君がThorstein Veblen; The Beginning of Ownership; 1898-9 を近く完訳します。
*さらに、今年度は新しい演習1の諸君が Herbert Spencer; The Physiology of Laughter; 1860 を春から訳しはじめます。この機会に皆さんにお願いします。かれらの進行状態を、どうぞ見守ってやって下さい。
ハーバート・スペンサーは、ご存知のように重要な第1世代の社会学者です。日本の社会学の中には、なぜか第1世代を飛ばして第2世代(マックス・ウエーバーのような)から社会学が始まったかのような理解を好む傾向が、一部にあります。しかしそう理解すると話が違うことになります。(スペンサー社会学の全貌については、挾本佳代著『社会システム論と自然―スペンサー社会学の現代性―』 2000 法大出版の参照をお勧めします。)
そこで、ささやかな試みとして、スペンサーの中で小品ながら進化論的傾向の強い論文を選んで解読することを始めました。この小品だけで完全に感じ取るのは無理かもしれませんが、最近は多くの人文・社会科学の中で、私たちが「過去を清算した先進文明」の持ち主だという見地からではなく、「過去との連続の中に」生きているという見地から問題を見ようとする傾向が、ようやく出てきました。この小品にも、19世紀半ばにそれを主張しようとしたスペンサーの意図が見受けられます。
また今年度に取り上げる「笑いの生理学」は、後世にベルグソンがこれを下敷きにして『笑いの哲学』を書いた作品です。
ソースタイン・ヴェブレンは米国の生んだ屈指の学者で、『有閑階級の理論』(岩波文庫)で有名ですが、彼の真価はこの作品の中だけにあるのではありません。彼はスペンサーを師と仰ぎ、進化論の見地から経済学の虚構を明らかにした社会学者です。「所有の起源」は、近代の所有権が人間関係を破壊する制度の筆頭であると述べています。彼もまた社会学者が解読に成功していない社会学者の代表です(リースマンだけ例外です)。
もちろんこれらはすべて日本で始めて訳されるものです。
このような見地から、演習生諸君の試訳をぜひ読んでみて下さい。それぞれ個人名とメールアドレスが出ています。文章の責任はこれらの諸君にあります。もし読みにくかったり、もっとこのように書けば文脈が理解しやすいはずだ、などのご意見があれば、ぜひ各人へフィードバックしていただきたいと思います。
ぼくはこの部分は間違いですという指摘しかしていないので、きっと第三者の厳しい意見が彼らの参考になると考え、それを強く希望しています。かれらは演習加入時から第三者の目にさらされることを了解していますので、どのような厳しい批判も覚悟しています。どうぞ「善意の」批評・批判をぜひお寄せ下さい。
各々の原文のURLを記します。
Herbert Spencer; Personal Beauty; 1854
Thorstein Veblen; The Beginning of Ownership; 1898-9
Thorstein Veblen; Physiology of Laughter; 1860ではどうぞよろしくお願いします。(平野秀秋)