生命樹の布

 

 生命の樹の起源は古代バビロニアのシュメル文化だとも言われるが、はっきりしていない。樹木崇拝は世界中にあり、各地で生命の樹の神話とそれぞれの土地の樹木崇拝が結びつき、樹木の造型として展開した。生命の樹は各地の風土のもと、ナツメヤシ、イチジク、トネリコ、りんご、松竹梅など様々な種類の木に託されていた。いずれも、民族の「生命力」「宇宙観」「世界観」の象徴、表現として、絵画、布、彫刻物の形をとった。ここでは布に現れた生命樹を紹介する。
図版はクリックすると大きくなる。

 なお、以下の図版は1999年4月〜2000年9月まで、大阪高槻市の「JT生命誌研究館」で展示している、実物および写真パネル展示の一部である。所蔵品はこの展示に貸し出したものであるので、個人的な学習以外の目的で、ここから図版を転載することは禁止する。とくに転載を希望する場合は、直接、所蔵者に依頼されたい。

「生命の樹――科学と布の芸術にみる生命観」展
会期:1999年4月6日〜2000年9月30日 火曜〜土曜 10〜16:30
場所:JT生命誌研究館 大阪府高槻市紫町1−1 TEL0726−81−9750 生命誌館ホームページ
企画: 田中優子(法政大学)、吉本忍(国立民族博物館)、生命誌研究館による共同企画
展示解説: 田中優子


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山とパルメットのインド更紗(所蔵:今昔西村)

 インドで使用された17世紀のインド更紗。
 大地に幾重にも重なるのは山である。生命の樹は山と組み合わされることがあり、全体で世界の中心を表現することがある。様々な小紋文様を組み合わせた山の重なりから、曲線の生命樹がのびている。がっしりと安定感のあるのびやかな樹だ。枝には様々なパルメット(様々な花の断面の形をデザイン化したもの)形の花が咲いている。
 パルメットはもともと蓮の断面の形と言われるが、実際はバラ、ダリア、ユリなど様々な花の断面をデザイン化したものをいう。パルメットはエジプト、ペルシャ、イラン、ギリシャ・ローマ、中国に拡がり、互いに影響し合いながら展開してきた文様である。


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ミフラブとロゼットのインド更紗(所蔵:今昔西村)

 インドで使用された17世紀のインド更紗。
 樹というより花をつけた草のように見える簡潔な図柄だが、まっすぐに立つ真ん中の樹と、左右脇に配置された別の植物という構図は、典型的な生命の樹のデザインである。布は、ミフラブ(メッカの方角に作られたアーチ型の壁龕をデザイン化したもの)の形に切り取られている。花の形は、ロゼット(様々な花の正面の形をデザイン化したもの)である。
 ロゼットとはもともと蓮を正面から見た形であるが、その後は花の種類に関係なく、正面から見た花の形をデザイン化したものをいう。


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ヨーロッパ銅版更紗(所蔵:みずたに)

 インドネシアで使用された19世紀後半のヨーロッパ銅版更紗。
 ヨーロッパ更紗はインド更紗の大量輸入の末にできあがった。17世紀後半から、イギリスとフランスは多くの木綿織物をインドより輸入している。その消費量があまりにも多いため、英仏ともに幾度も輸入禁止令を出したが効果はなく、18世紀後半には、自ら更紗をデザインし作るようになる。ヨーロッパにおける更紗熱は産業革命の契機のひとつと見られている。19世紀に入ると、それまでインドから更紗を輸入していた日本までもが、ヨーロッパ更紗を買い始める。インド更紗の模倣品はそのような過程でできあがり、銅版プリントというヨーロッパ独特の方法を編み出す。
   これはペイズリーの生命樹だ。ペイズリーというのは、この文様のショールを作っていたイギリスの町の名で、インドではブーター、ペルシャではボテと呼ばれた。西欧とくにイギリスで好まれた。ペイズリーの原型は花、葉、マンゴーの葉、松ぼっくりと諸説あるが、このようにまっすぐ立つものは糸杉の形に由来するともゾロアスターの炎に由来するとも言われている。どのような由来であろうと、ペイズリーは有機的な形をもっていて、生命そのもののように見える。花瓶のような形の鉢の中から生命樹がのび、不死鳥と孔雀が左右対称に守っているのが西欧的だ。上下のボーダーもペイズリーで、左右のボーダーは勾玉形のペイズリーを散らした曲線である。


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スラウェシ島トラジャの描き染め(所蔵:桐生地域地場産業振興センター)

 インドネシア・スラウェシ島のトラジャで制作され使用された描き染め。
 インドネシア、スラウェシ島の高地に住むトラジャ族は、重要な儀式の時にインド製の布を使っていたが、やがて自ら生命の樹の布を染めるようになった。この4メートル近くにおよぶ長大な布に描かれた樹は、大地から天に向かってまっすぐにのび、その枝は無数の葉と花と丸い実をつけ、中には鳥が暮らしている。下の方に見える人間の寸法と比べると、この樹がいかに高い樹であるかがわかる。その規模から、世界を象徴する「世界樹」のようにも見える。トラジャ族は死者がヤシを登って天に至ると考えるので、これはヤシの一種かも知れない。
 樹下にいる人間たちは、水牛を使って田を耕し、樹に登って実を採り、馬に乗って移動し、犬や豚や鶏を飼って生活している。水牛、豚、犬、鶏は、トラジャ族にとって供犠にも使う大切な家畜だ。家屋の形が二つ見えるが、これは世界でもトラジャの集落にしか存在しない、「トンコナン」という船型屋根の建築物である。生命の樹が現実の生活とともに描かれた珍しい例である。


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庭園文様ペルシャ絨毯

 イランのケルマンで制作されたペルシャ絨毯。
 花瓶からのびている樹には、5羽の鳥がとまっている。庭にいるかのような気持ちになる。ボーダーも、まるで森の中に迷いこんだようで、木々のあいだに時々鳥がとまっている。ペルシャ絨毯には庭園を描いたものが多い。これもそのひとつであろう。庭園文様は水路によって四角く区切られていることが多いが、これは生命樹を中心に据えた。人工空間の中の生命樹、というところだ。絨毯を敷くことで、砂漠は庭園になるのである。花瓶は中国の影響を受けた文様と言われ、豊饒の象徴である水を表す。


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人間と動物の生る木文様ペルシャ絨毯(所蔵:イラン絨毯博物館)

 イランのタブリーズで制作されたペルシャ絨毯。
 樹に、人間や様々な動物が「生って」いる。ペルシャでは人の首が木に生っている、という伝説があった。羊が生る樹も知られている。エジプトでは授乳をする樹も描かれた。このように、植物は動物より基本的な生命の現れであり、生命の源であるとされた。ペルシャ絨毯に描かれる動物の主なものは獅子、豹、鹿、羊、龍、グリフィン、麒麟、鳳凰、天馬などであるという。この樹からは、人間以外にどのような動物が発見できるだろう。


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ペルシャ経絣(たてがすり)生命樹(所蔵:北海道伝統美術工芸村 国際染色美術館)

 ペルシャで19世紀に制作された絹の経絣の壁飾り。
 絣(イカット)によって表現された生命の樹である。左右の樹を従えた、まっすぐな糸杉形ペイズリー(ブーター、ボテ)の生命樹の先には、孔雀と思われる鳥が一対見える。上部はミフラブ(メッカの方角に作られたアーチ型の壁龕をデザイン化したもの)の形に区切られている。アジアの絣(イカット)はインドではじまった技術で、西はイラン地方からヨーロッパへ、東は中国、東南アジア、琉球、日本に広まった。


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インドネシア・ランプンの縫い取り織「魂の舟」(所蔵:国立民族学博物館)

 生命の樹はインドネシアにおいては、「魂の舟」あるいは「死者の舟」と呼ばれる舟から立ち上がる場合がある。樹が天空へ上昇したり下降したりするものであるとすれば、舟は他界と行き来するものであった。舟からのびあがる樹を使って、シャーマンがあの世とこの世を行き来するという。


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朝鮮半島の婚礼衣装・闊衣(ファルオッ)(所蔵:石宙善博物館、ソウル)

 衣装のいちばん下に見える青海波のように重なり合った文様(円波文)は、インドの生命樹のように山を表すのではなく、海を表現している。その上に重ねられた大地のようなものは、海に浮かぶ島、蓬莱山である。蓬莱山には長寿を意味する鶴が住む。鶴に左右を守られて豊かな花を咲かせるのは牡丹だ。牡丹は富貴の象徴と言われる。同様の構成が袖に繰り返される。袖は腕をはるかに超えるくらい長くする。また、円波文にも袖にも青、赤、黄が使われているが、青と赤は陰陽すなわち男女の結びつきを、黄は中心とか大地を表している。
 婚礼に使われる朝鮮半島の吉祥文様には、鶴や牡丹の他にも、多産を意味するザクロ、喜びを意味する蝶、鳳凰などが使われる。


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ポジャギ(風呂敷)(所蔵:刺繍博物館、ソウル)

 19世紀に朝鮮半島で制作、使用されたもの。木綿に刺繍。
 木綿に刺繍したポジャギである。のびた枝がぐるりと輪を描き、つながって幾重もの円になる。ザクロの木であろう。中心部に下から上まで4つのザクロの実が見える。ザクロは多産と豊饒の象徴である。円環を成すザクロの樹には、大小の鳥がとまっている。上と下の大きな鳥は不死鳥だ。上部の左右には喜びを表す蝶がとまっている。驚くほど、インド、ペルシャの生命樹の構成に似ている。


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ポジャギ(風呂敷)(所蔵:刺繍博物館、ソウル)

 19世紀に朝鮮半島で制作、使用されたもの。絹に刺繍。
 絹に刺繍したポジャギである。真四角な箱のようなものから生えたザクロの木は、大輪の花を咲かせ、多量の実をつけながら、上にのびてゆき、そのてっぺんに喜びの象徴である蝶が舞っている。ザクロは多産と豊饒の象徴である。枝々には3対の鳥がとまり、大小の蝶が樹を取り囲んで喜びの歌を歌っている。まさに生命の樹だ。
 韓国の布にはかつて、見事な刺繍がほどこされていた。それは婚礼衣装や儀礼的衣装はもちろんだが、ポジャギ(風呂敷)やチュモニ(巾着・嚢)のような日常の道具にも、ほどこされた。ポジャギやチュモニは単に実用的なだけではなく、刺繍をほどこされることによって、特別な力を帯びた。
 韓国には「チュモニの唄」という民謡がある。この唄は、刺繍する女たちが、「自然の力を布に写し、そこに生命を生み出している」という思いで刺繍をほどこしていたことがよくわかる唄だ。

森に 森に 大きな池の森に/根のない木が生えたね/そのさきっぽに実がなった/お日さまもなってお月さまもなって/枝は広がって十二の枝/葉は開いて三百にもなる/太陽を採ってはチュモニをつくり/月を採っては裏をつけ/一番高くて大きな星を採っては飾り縫いをする/中間の星を採っては針で刺し/無地の布地でひもを垂らし/虹色の糸で縁をめぐらす/ソウルの椿の木の枝に/凧のようにかけておく
(許東華著『私たちがほんとうに知らなければならない女性の文化』玄岩社より。唄は阪堂千津子訳)


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桜の立木に文字文様小袖(所蔵:鐘紡繊維博物館)

桜の樹に文字文様を取り合わせた小袖である。
日本の立木文様は和歌や物語と深い関係をもっているが、漢字を縫い込んだ着物の場合は漢詩がもとになっている。この小袖の場合は、日本人の源英明が作り『和漢朗詠集』に掲載された漢詩の一部が、刺繍されている。「始識春風機上巧 非唯織色織芬芳」――花(桜)が咲くその錦のような様子を見てはじめて、春風が機織りの巧者だということを知った。色を織るだけでなく、かぐわしい香りまで織り出すのだから。――この漢詩は自然を織物にたとえているのだ。この背面は赤い糸で「春」「始」が、金色の糸で「織」が刺繍されている。この詩のように、桜の香りが風に乗ってきそうな小袖だ。

 江戸時代の着物には大量の立木文様が存在する。その種類は、松、竹、梅、桜、桐、楓など、身のまわりにあり、和歌にも使われる木がほとんどだ。着物の裾が大地となり、そこからまっすぐ上にのび、時に鶴や文字文様が取り合わされる。この立木文様が世界に広がる生命樹と関係あるのかどうかは不明。
 江戸時代の着物は、中国、ヨーロッパ、インドの影響を強く受けているが、しかしそのいずれにも属さない日本独自の、着物に「風景」を取り込む、ということが行われた。風景は日本において歌枕であり、文学でもあった。立木文様は、この独自の「風景」の導入と、インドから入ってきた生命樹、花唐草の刺激との、二つの交点に成立したと思われる。


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楓の立木に文字文様小袖(所蔵:鐘紡繊維博物館)

 楓樹の立木に文字文様を取り合わせた小袖である。日本の立木文様は和歌や物語と深い関係をもっているが、漢字を縫い込んだ着物の場合は漢詩がもとになっている。この小袖の場合は白居易の漢詩が使われている。
「黄纐纈林寒有葉 碧瑠璃水浄無風」――黄色に紅葉した林は纐纈染め(しぼり染め)の織物さながらだ。冬に向かって寒げななかに、なおいくらか葉を残している。瑠璃の玉のように紺碧に澄みとおった湖の水は、清らかで波も立っていない。――この漢詩は自然を織物にたとえているのだ。前半の最後の3文字が、小袖の前の部分に見える。赤い糸で「有」「葉」が、金色の糸で「寒」が刺繍されている。楓の樹と葉だけでなく、地色や文字を含めた小袖全体が樹のようだ。


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縹色地梅立木と春の七草小袖(所蔵:文化学園服飾博物館)

 縹(はなだ)色の地に梅の樹と春の七草を、刺繍と箔とで表現した小袖である。山を表す大地から梅の樹が立ち上がっているところは、インドの生命樹を思わせる。山中の夕暮れの空に白梅が浮き上がっているような景色であり、冬にひそんでいた春の生命力の出現をイメージさせる。


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石畳文様に松の立木の能装束(所蔵:林原美術館)

 全体に石畳文様を入れた紅色と浅葱色と白の3色で、大胆な斜めのストライプに構成し、そこに1本の松が力強く立ち上がっている。能はそもそも、浜で海に向かって演じられ、神に捧げられたものだ。であるから、舞台の背景も松なのだが、さらにこのような松をまとうこともある。これをまとった時には松の精にでもなりそうな衣装だ。松にちなんだ能で使われるものと思われる。


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酒井抱一画・梅の立木小袖(所蔵:東京国立博物館)

 琳派の絵師、酒井抱一(1761〜1828)が着物いっぱいに描いた梅の樹である。下草やたんぽぽの生えた大地から、生命力の横溢した幹がのびている。白い背景に赤い花が鮮やかで、枝全体がのびのびして美しい。着物の逸品である。


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藍色地竹の立木の小袖(所蔵:文化学園服飾博物館)

 藍色の地に数本の竹の立木を刺繍している。竹は様々な太さがあり得るが、これは細い竹を配置することによって、竹葉の緑を際だたせている。大地に見える金色の熊笹も鮮やかだ。


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エジプトの乳を与えるイチジク

 エジプトの生命の樹はイチジクだった。乳を出すイチジクは大地母神の象徴であり、女神イシスが木の姿で現れたものと考えられた。これは、永遠の生命をもたらす乳を死者が飲んでいるところ。


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北欧のイグドラシル

 「イグドラシル」はトネリコの樹で世界の中心である。根は冥府に届き、枝はこの世を被っている。樹の下には龍がいて死体を引き裂き、蛇も樹下にかがんでいる。4頭の牡鹿は枝を食い、山羊は新芽を引きちぎり、枝のてっぺんには鷲がとまり、鷲の眉には鷹がとまり、樹下と樹上のあいだをリスが走りまわっている。世界の終末にはこの樹は焼かれる。この図は、ノルウェーの教会の壁に見られる彫刻で、葉を食む牡鹿と、その牡鹿を襲う龍が文様化されている。


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砂絵に描かれたナヴァホ・インディアンのとうもろこし  「花粉の道」または「恵みの道」と呼ばれる道が、巨大なとうもろこしの中心を上っている。木の上には幸福の鳥がいて、さらに上に天の父が住む太陽の家がある。この道を通ることは始源への回帰であり、この砂絵は病気の治療にも使われる。


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シベリア・シャーマンの衣装

 鱗のついた木の上は他界であり、シャーマンはそこと交信する。ヤクート族の創世神話によると、宇宙樹の枝は天の九つの領域と七つの階梯に入り込んでいる。その樹は乳房をもち、生命の源の大地母神でもある。


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植物から魚が生まれる

 近代、そして現代における生物の研究から生まれた新しい生命の見方も、樹の形で現すことがしばしばあった。一点から発して、つながり、変化し、広がっていく樹がまさに生き物の本質を現しているからであろう。この絵は、海水の洗う場所に植えられた木に玉子(あるいは果実)が生り、そこから魚が生まれる様子を表している。


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植物から羊が生まれる

 この絵は、土に植えられた木から花が咲き、そこから羊が生まれる様子を表している。


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木に羊が生る

羊のなっている樹が描かれている。


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ヘッケルの系統樹

 科学の時代になっても、生命は木の形になっていった。ドイツにダーウィニズムを紹介したヘッケルは、具体的な生物群を入れた系統樹を作った。系統樹の根元にある5つの祖先は、胎児の発生段階に対応している。ヘッケルがダーウィニズムに「進歩」の概念を付け加えたことで、進化と進歩は一体化したと言われる。


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オサムシの分子系統樹

 これは現代のもっとも先端の生命科学の作った系統樹である。しかしこれは生物界全体のではなく、オサムシという1種類の生物が多様化してゆく過程が木の形になったものである。


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参考文献紹介

A comparative study of textile production and trading from the beginning of the 16th century to the end of the 19th century

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